会社勤めの傍ら小説執筆を思い立ち、投稿サイトで大きな注目を集めた作品『二度目の過去は君のいない未来』でデビューを果たした高梨愉人さん。
前作ではひと組の壊れかけた夫婦が記憶を残したまま10年の時を遡り、もういちど「過去」をやり直した末に選ぶ未来を描いた高梨さんが、第2作となるこの『余命一年、夫婦始めます』で描いたのもやはりひと組の「夫婦」。それもあらかじめ終わることをわかったうえで生活を営む二人の物語です。
残された限りある時間の中で、意志を持って生きる二人の姿が胸を打つ本作について、高梨さんにお話を伺いました。
命を扱うテーマのお話を書くことに関しては、すごく難しいなという印象が正直ありました
――今回の『余命一年、夫婦始めます』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。
もしもあと一年しか生きられなかったら──誰でも一度は考えることはあると思います。この物語は、まさしくそんな状況に立ってしまった二人が出会い、“かりそめ“の夫婦として生きる道を選ぶというお話です。人生において、夫婦って存在は何なのだろう。二人がそれを知った時、彼らの人生はどのように変わり、どんな結末を迎えるのか。彼らの生き方を見守るような気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。
――この作品が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。
昨年の末くらいに、私の前作『二度目の過去は君のいない未来』(集英社文庫)を読んでいただいたポプラ文庫の担当さまから、「余命宣告を受けた二人が残りの人生をかりそめの夫婦として過ごすという物語を書いてほしい」というお話をいただいたところが始まりです。
このアイデアはすごく魅力的で、もちろん二つ返事でお話をお受けさせていただいたのですが、命を扱うテーマのお話を書くことに関しては、すごく難しいなという印象が正直ありました。
たとえ余命が一年でも五十年でも、今を生きることを大切にしなくちゃいけない
――今回の作品のご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。
先ほどお答えした内容に続くのですが、もしも自分が残り一年しか生きられないという状況になると想像したら……経験したことがないことではあるのですが、きっと筆舌に尽くしがたい苦悩や焦り、絶望が絶え間なく続くと思います。
執筆に入る前に、資料としてがん患者さんと向き合う精神科医さんの書いた本を手に取ったり、この難しいテーマと向き合う時間を作りました。その中で、たとえ余命が一年でも五十年でも、今を生きることを大切にしなくちゃいけないということが書かれていて。
だったら、このお話は二人が一年後に「死ぬ」話ではなく、夫婦として一年間を「生きる」話を書かなくちゃいけない。そう決意して、筆を進めていきました。
――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。
切なくも、暖かい気持ちになれる物語を読みたい方におすすめです。
また、二人のキャラクターに注目して、特に会話のやりとりを楽しんで欲しいです。見ず知らずだった彼らを結びつけたのは余命一年という運命なのですが、そこからお互いをどう思い、関わり合って行こうとするのかを、その言葉の中から感じ取っていただければ嬉しいです。
作品をより良くしたいという気持ちは、書き手である私自身が誰よりも愛着を持って作品に向き合わなければ湧いてこない
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
自分自身が、その作品にとって一番の読者であり、ファンになるということです。
もちろん読んでくださる誰かのために書く物語ではあるのですが、この作品をより良くしたいという気持ちは、書き手である私自身が誰よりも愛着を持って作品に向き合わなければ湧いてこないと思っています。
そのこだわりこそが、作品を途中で投げ出すことなく最後まで書き上げ、改稿を重ねていく原動力になります。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
結婚をするまで私は、生涯ひとりで生きていくことに何の疑いも持っていませんでした。それほど人見知りで、自分本位で、協調性がなかったからです。
かといって、劇的に性格が変わったかといえば、そうでもありません。むしろ人格というのは、何年生きても変わらないものだと思いました。
しかし、自分のために──だけではなく、誰かのために生きるという方向に、少しだけでもベクトルが向く。そうすることによって、誰かを喜ばせたい、という心を育てることができる。それも一種の人間としての成長であると、私は家族に教えてもらいました。
この物語は、二人の成長の物語です。彼らを応援するつもりで読んでいただければ嬉しいです。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
私の地元広島のサッカーチーム、サンフレッチェ広島がルヴァンカップ2022で初優勝したことです。
もう物心ついた頃からずっと応援していて、大学時代にはシーズンパスを買ってホームは全試合エディオンスタジアムに通い続けました。
ちなみにこのチーム、カップ戦の決勝にめっぽう弱くて。その一週間前に行われた天皇杯の決勝含め、通算八回決勝に残って一度も勝てなかったんです。
推しが負ける──側から見れば他人事なのに、心が抉られるくらい悔しい。何も手につかない。数年前に決勝に残った時も、わざわざ広島から東京国立まで見に行ったのに負けたんです。
それだけに、今回の優勝は自分のことのように嬉しかったです。何かを応援するって、推すって素晴らしいですね。これからも一生このチームを応援し続けようと思っています。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
あんまり小説家っぽくないと思っています。読書量も少ないですし、緻密な描写とかが得意なタイプではないので。ただ、文章の読みやすさであったり、セリフの言い回しに関しては特に意識しています。
Q:おすすめの本を教えてください!
■『ニューカルマ』新庄耕(集英社)
ネットワークビジネスにハマっていく男の話。リアルな業界の闇が描写されます。結末はこちらの想像を遥かに凌駕して、何が正しくて、何が正義で悪なのか、“働く”ということは何なのかという強烈なメッセージを残します。話に引き込まれ、ページを捲る手が止まらなくなるという意味ではこの作品が一番でした。
■『ミラクル』辻仁成(design stories books)
子供の頃に、初めてきちんと最後まで読了した思い出の作品です。優しい挿絵と共に、感動的な結末に胸が温かくなります。この季節におすすめしたい……のですが、残念ながら廃盤になっているようです。
(編集部註:電子書籍版として発売中)
■『聲の形』大今良時(講談社)
最後は漫画作品です。私が最も衝撃と影響を受けたといえば間違いなくこれでしょう。序盤はとてもショッキングないじめの描写を伴うのですが、その事件を機に登場人物それぞれが背負った“罪“への苦悩や、その後の当事者たちが交流と共に成長していく過程がとても繊細に、時に暖かく描かれていて、とても感動できる作品です。
高梨愉人さん最新作『余命一年、夫婦始めます』
発売:2022年11月08日 価格:814円(税込)
著者プロフィール
高梨愉人(タカナシ・ユジン)
1987年、広島県出身。会社員の傍ら30歳で執筆活動を始め、小説投稿サイトで大きな反響を集めた作品の書籍化となる『二度目の過去は君のいない未来』で2020年にデビュー。