昨年公開されたテキスト生成AIサービス「ChatGPT」を例に挙げるまでもなく、近年のAI技術の発展は目を瞠るものがあります。たとえばSF作品で描かれる、人間のように思考し意思を持つ自律型ロボットはまだ遠い未来のことだとしても、産業分野でのAI活用が進み、それに伴うテクノロジーの進化が人々の生活を一変させる日は、思いの外近づいているのかもしれません。
その発展の先に待っていたのは、労働を機械に奪われ貧富の差が拡大していく社会。――発売されたばかりの新馬場新さんの新作『沈没船で眠りたい』は、そんな近未来を舞台とした物語です。
反機械運動が渦巻く中、あたかも機械と心中するかのように海に身を投げたひとりの女性。その行動は彼女と、もうひとりの女性が辿った3年間に起因するものだった……。
もしあらゆるものが機械で代替できる時代となったときに、それでも変わらないものはあるのか? それはなんなのか? 本作でそんな問いを投げかける新馬場さんにお話を伺いました。
「SF書いてもいいですか?」と訊いた時に、二つ返事でOKしてくれた担当編集さんには感謝しています
――今回の『沈没船で眠りたい』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
加速度的に発展するAIや産業機械によって、人間の就く職が減少した2044年の日本。そのことを憂いた人々が機械の打ち壊し運動を起こす最中、首謀者と関わりを持つ一人の女子学生が機械を抱いて海に飛び込んだ。彼女はなぜ、機械と心中まがいの行動に至ったのか――?
というのが、おおまかなあらすじです。
メインテーマは同一性。つまり、「どこまで取り替えられたら、それはそれでなくなるか」。
絶え間なく変わる世の中において、「同一性を失うことの怖さ」を描きました。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
明確なきっかけこそ、はっきり覚えていませんが、昔から思考実験の類が好きだったので、『テセウスの船』を題材にした話を企画書にまとめた記憶があります。
当時のぼくは青春モノを多く書いていたので、「SF書いてもいいですか?」と訊いた時に、二つ返事でOKしてくれた担当編集さんには感謝しています。
編集部註:『テセウスの船』とは「英雄・テセウスが乗ったといわれる船は、長年保管される間に老朽化した部品の交換が繰り返されてきた。やがてすべての部品が新しいものと入れ替わったとき、その船は同じ『テセウスの船』と言えるのか」という思考実験
現実と空想のいたちごっこにひぃひぃ言いながら、作中描写にリアリティを持たせるのには苦心しました
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。
企画当時はまだ生成AIの発展も世間的には穏やかだったので、執筆中に急に騒がれ出して焦ったのを覚えています。
もしかしたら明日にも、自分が想像している「20年後の日本」は古いものになっているかもしれない。
現実と空想のいたちごっこにひぃひぃ言いながら、作中描写にリアリティを持たせるのには苦心しました。ギリギリまで粘った甲斐もあり、納得のいくものになりましたが、執筆中は気が気でなかったです。
ただ、翻訳AIを使いながら、各国の生成AI事情を夜な夜な調べていたあの時間は、なんだかんだ楽しくもありました。最新の技術って、やっぱりわくわくします。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
もちろん、SFファンやシスターフッドに興味のある方をはじめ、幅広い層に読んで頂きたいと思っています。あえて属性を挙げるなら、クリエイターの方々や、特にこれからクリエイターになりたいという方々。そしてクリエイティブに関わっている方々でしょうか。生成AIとどう付き合っていくか、どこまでが人間の領分か。そうしたことを考えるきっかけになったのなら、望外の喜びです。
ぽんっと思いついたイメージや言葉を作品の軸にして、ぶらさないように心がけています
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
大切にしているのはインスピレーションです。ぽんっと思いついたイメージや言葉を作品の軸にして、ぶらさないように心がけていますね。作中のすべての出来事が、その軸に絡みつくように話を作っています。
あと、タイトルにも結構なこだわりがあります。
作品のタイトルは、一番はじめに、もしくは執筆のかなり早い段階で決めていまして、そこから変えることはほとんどありません。前述のインスピレーション自体がタイトルになることも多いため、タイトルから話を掘り下げていくことすらあります。
今作『沈没船で眠りたい』も、かなり早い段階でタイトルが決まり、そこから様々なアイディアが生まれました。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
ChatGPTや画像生成系のAIは、今後、伸びる事はあれど、衰えることはまずないでしょう。
そのことにある種の怯えを感じる人も少なからずいると思います。
では、私たちはどうやってテクノロジーと付き合っていけばいいか。それを考える時に、この本がひとつのきっかけになるかもしれません。
これからが不安な人たちに、今作『沈没船で眠りたい』をはじめ、もっとたくさんSFを読んでもらいたい。
SFは手探りの未来を生きるためのコンパスを与えてくれます。
私が最後に伝えたいメッセージはこれくらいでしょうか。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
温めていた物語を世に出せたこともそうなのですが、学生時代の友人たちとBBQをしたことでしょうか。
お酒を飲んだり、何かを食べたり、くだらないこと話して笑ったり、そういうことって、やっぱり楽しいし、嬉しいですね。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
まだまだ勉強中で、発展途上の小説家です。
感覚と勢いで書くくせに、筆は遅いですし、詰めも甘い。
言い換えればのびしろがたくさんある人間ですので、みなさまには今後も応援していただきたい所存です。なにとぞ。
Q:おすすめの本を教えてください!
それでは、『沈没船で眠りたい』の作中で触れたものをいくつか紹介いたします。
■『愛はさだめ、さだめは死』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(早川書房)
収録されている短編「接続された女」には、今なお褪せない悲劇と未来予測が描かれています。
■『祈りの海』グレッグ・イーガン(早川書房)
収録作の「ぼくになることを」は、僕の人生にとんでもない衝撃を与えてくれました。
■『R62号の発明』安部公房(新潮社)
70年近く前にこの話を書けるのは、ちょっと信じられないですね…。すごすぎます。
新馬場新さん最新作『沈没船で眠りたい』
発売:2023年08月18日 価格:1,925円(税込)
著者プロフィール
新馬場新(シンバンバ・アラタ)
1993年、神奈川県生まれ。2020年に「第3回文芸社文庫NEO小説大賞」大賞受賞作『月曜日が、死んだ。』でデビュー。2021年には「第16回小学館ライトノベル大賞」優秀賞を受賞し、2022年に受賞作『サマータイム・アイスバーグ』を刊行している。その他の著書に『町泥棒のエゴイズム』『グッバイ、マスターピース』がある。