映像作品の脚本家として活動する傍ら、小説執筆を手掛ける持地佑季子さんの3冊目となる新作『ハツコイハツネ』が発売されました。

ピアニストへの夢を諦め、会社勤めをしている主人公・亮介が、偶然再会した中学時代の同級生・香澄と交際をはじめる、時を経て実った恋を描いた本作。しかし、人の感情が「音」として聴こえるという秘密を持ち、その力が、いまだに亮介のなかには夢が燻っていることを香澄に教えてしまいます。亮介にその想いを遂げてほしいと願う香澄は――。

互いを想い合う気持ちの揺れを、「音」に託して綴った持地さんにお話を伺ってみました。

心の声だとありふれている、そうだピアニストの話を書きたかったんだ、では音にしよう

――今回の『ハツコイハツネ』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

ピアニストになる夢を諦めた主人公・由良亮介(23)が、中学時代の同級生である真中香澄と再会するところから物語は始まります。

「素敵な音を出すのね」と告げて来た中学生の頃の香澄。由良は自分が弾くピアノの音だと思っていたのですが、実は彼女は人の感情が音として聴こえるという能力を持っていて……。ハツコイや自分の夢を思い出す物語になっています。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

元々『駅ピアノ・空港ピアノ・街角ピアノ』という番組が好きで、いつかピアニストの物語を書きたいなと漠然と思っていました。そんな時に、品川駅を歩く機会があり、改札を抜けてすぐの通路に人が溢れてるのが目に入りました。渋谷スクランブル交差点よりも凄い人で、例えば人の心の声が聞こえていたら、頭の中が色んな人の思考で大変だろうな。そんなところから、心の声だとありふれている、そうだピアニストの話を書きたかったんだ、では音にしよう。音が聴こえてしまう人と音を奏でたい人の話を書こう。と思ったのが始まりでした。

自分一人ではめげてしまいそうな時に誰かがそばにいて何かきっかけがあれば、人は頑張れると思います

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

元々は主人公の由良だけの目線で話は進んでいたのですが、編集の方と話をして、彼女目線も入れました。少しミステリーのような話だったのですが、彼女の目線を入れることで、嫌でも音が聞こえてしまう側の切なさが伝わる形になりました。客観的思考は本当にありがたいです。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

主人公の由良はピアニストの夢を諦めてサラリーマンをやっていますが、心のどこかでは夢を諦められなくてずっと思い悩んでいます。彼女はそれが音として聴こえているので、どうにかしてピアノをやって欲しいと思っているのですが、音が聞こえているのは由良に秘密にしているので言えずにいます。

誰かのために頑張る。何かのために頑張る。自分一人ではめげてしまいそうな時に誰かがそばにいて何かきっかけがあれば、人は頑張れると思います。

そのきっかけが由良にとっては彼女。彼女にとっては由良だったのですが、今、何かしらに迷ってる方や背中を押して欲しい方に読んでもらいたいです。

小説は自分が企画者なので、自分自身との対話が多く、自分の中の『例えば』『なぜ』という気持ちを大切にしています

――もともと脚本を書かれていて、現在は小説も書かれているのですが、執筆をされるうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

脚本は一般的に企画者であるプロデュサーの方の考えがあるので、対話をし、確認しながら、それに沿って話を構築していくことが多いです。

小説は自分が企画者なので、自分自身との対話が多く、自分の中の『例えば』『なぜ』という気持ちを大切にしています。

そんな中で、脚本でも小説でも大切にしているのは、観てくれる人、読んでくれる人がどう思うかです。やはり人に楽しんでもらいたいというのを一番に考えています。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

青春の話が好きです。登場人物たちの中にある青春特有のやりきれない苛立ちやもどかしさを物語にしたいと思ってるからかもしれません。今書いている作品も青春です。

私は、本の虫、映画の虫、ドラマの虫だったので、私の作品も手に取っていただけると嬉しいです。これからも宜しくお願い致します。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

先日、旧尾崎テオドラ邸という洋館に行きました。私は本当にある建物や場所を作品に投影するので、建物の中が見られて嬉しかったです。今作の『ハツコイハツネ』も、よく散歩をしていた蔵前、浅草、清澄白河を舞台にしています。

Q:ご自身はどんなクリエイターだと考えていますか?

脚本では映像を思い浮かべ、どんな画や台詞を重ねたら登場人物の気持ちが伝わるかを考えています。

小説でも映像を思い浮かべますが、その映像をわかりやすい文章にしようと必死に考えています。

違いはそれぐらいで、頭の中は、とにかく人に楽しんでもらいたいというのが多くを占めてるような気がします。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『眠れる森』野沢尚(幻冬舎)

小説ではなくドラマ『眠れる森』のシナリオ本になりますが、著者である野沢尚さんは、脚本家を目指すきっかけになった方です。野沢さん自身も脚本だけではなく小説も書かれていて、そちらも全て面白いです。

■『海がきこえる』氷室冴子(徳間書店)

最近新装版が出て、久し振りに読んだらやはり面白かったです。元々アニメも好きでDVDも持っているのですが、小説は氷室冴子さんの文章が瑞々しくて大好きです。

■『卵の緒』瀬尾まいこ(新潮社)

瀬尾さんの作品は全て好きで、特に『卵の緒』が好きです。子供のやり切れない思いがあるはずなのに、軽やかな文章とユニークな登場人物のおかげで素直に読み進められます。


持地佑季子さん最新作『ハツコイハツネ』

『ハツコイハツネ』(持地佑季子) 集英社
 発売:2024年03月19日 価格:792円(税込)

著者プロフィール

持地佑季子(モチジ・ユキコ)

福島県出身。2008年に「アカッパラ島」で「第20回フジテレビヤングシナリオ大賞」佳作を受賞。『管制塔』『空色物語』『くちびるに歌を』『青空エール』『プリンシパル』『青夏』『マイルノビッチ』などの映像作品で脚本を手がける。2018年には『クジラは歌をうたう』で小説家としてもデビュー。その他の著書に『七月七日のペトリコール』がある。

(Visited 94 times, 1 visits today)