それは主人公・佳人に届いた1枚の写真からはじまった。
幼い自分と、その隣りに柔和な表情で寄り添う父が写っている写真。それを佳人は信じられない思いで見ている。――彼の記憶の中の父は、酒に溺れ荒ぶる姿か、酒が見せる幻覚に怯える姿ばかりだった。さらにもうひとり、心当たりのない少女が写り込んだその写真は、伯母を名乗る女性から送られてきたものだった。父からは過去をなにも知らされず、その父が十数年前に自死してからは、天涯孤独の身の上と思って生きてきた佳人は、戸惑いながらも、伯母に誘われるまま見も知らぬ故郷を訪ね、九州南西部に位置する孤島に渡る。そこは「異人殺し」の伝説が残る禁忌の島だった――。
因習に満ちた孤島で佳人を待ち受けていた恐怖を描いた、緒音百さんの『かぎろいの島』が発売されました。これまで多数のホラーアンソロジーで作品を発表してきた緒音さんの、満を持しての単著デビュー作について、お話を伺ってみました。
この作品は、「島ものが書きたい!」という単純な衝動から生まれました
――今回の『かぎろいの島』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
『かぎろいの島』の舞台は1998年冬。異人殺し伝承の残る〈陽炎島〉にて、虚実曖昧な混沌の中に取り込まれていくホラーです。本作は小説投稿サイト・エブリスタと竹書房が主催する「最恐小説大賞」を受賞いたしました。コンテストのテーマである「ノールール・ノータブーで最も恐い話」に沿って、自分が考える「恐怖」と真っ直ぐに向き合った作品です。私なりの答えを込めつつ、ノンストップで楽しく読み進められる物語を目指しました。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
この作品は、「島ものが書きたい!」という単純な衝動から生まれました。
幼稚園の頃、長崎県佐世保市に住む祖父が孫たちを島へ連れて行ってくれたことがあるんです。家のすぐ前にある港から小型船舶でちょっとの、近場の無人島。九十九島のどれかだったと思います。私は病弱な子どもだったので、島に着いても海には入れず、泳ぐ従兄弟たちを陸から眺めるだけでしたが、すごく楽しかったですね。波に削られた滑らかな岩肌や、雨宿りをした洞穴の暗さを、今でもありありと思い出せます。記憶にある限りでは、「非日常のロマン」を求めるきっかけになった最初の出来事です。
結末を数パターン考え、何回も冒頭から確認し、読み直す回数が増すほど、どれが一番いいのかわからなくなって……
――ご執筆中に苦労した部分、当初の構想から変わった部分や構想を超えて膨らんだ部分など、執筆時のエピソードはなにかありましたでしょうか。
『かぎろいの島』の執筆当時は勤めていた会社を退職して間もなく、時間だけはあったんです。再就職したら執筆の時間は取れなくなると思い、長編をじっくり書けるラストチャンスの覚悟で、寝る間も惜しんで執筆時間に充てました。慣れない無茶をしたので肉体的にはかなり疲弊しました。
構想で悩んだのはラストの展開です。結末を数パターン考え、何回も冒頭から確認し、読み直す回数が増すほど、どれが一番いいのかわからなくなって。最終的には「主人公にとってベターかどうか」を重視して決めました。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
本作の導入部はホラーの王道なので、はじめてホラーを読む方はもちろんのこと、ホラーファンの方には「あるある」も楽しんでいただけたら嬉しいです!
主人公の佳人は、もしかすると感情移入しづらいキャラクターかもしれませんが、埋まらない孤独や、何かを渇望した経験のある方は共感してくださるのではないかと思います。
物語からキャラクターの半生が断片でも想像できるように心掛けています
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
小説を書く上で最も大切にしているのはキャラクターです。創作意欲の根幹にあるのは人間賛歌なので、物語からキャラクターの半生が断片でも想像できるように心掛けています。キャラクター像が固まったら、プロットをしっかり練り、書き終えたあとは何度も推敲を重ねます。基本的なことではあるのですが、出来るだけ読みやすく、一気に読んでいただける作品に仕上げて世に送り出したいです。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
ここまでご覧いただきありがとうございます。このインタビューで少しでも『かぎろいの島』にご興味を持っていただけたら嬉しいです。ぜひ陽炎島での束の間のひとときを楽しんでください!
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
まずは『かぎろいの島』が出版されたことです。受賞から出版まで時間が空きましたので、Web版で応援してくださっていた読者の方からはご心配の声をいただいていたのですが、こうして無事お届けできてほっとしました。書籍化に携わってくださったすべての皆様に、心より感謝申し上げます。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思いますか?
私自身欠点が多い人間ということもあって、完全無欠ではない人々を受け入れてもらえるような作品を書きたいと思っています。寛容で、かつ怪異にもたくさん遭遇できる世界です。つまり自分にとっての理想郷を創りたいのかもしれません。ロマン探求という意味では、趣味で続けている怪談収集の原動力にも近しいものがあります。
Q:おすすめの本を教えてください!
私に影響を与えてくれた本の中から、三冊の名作を選びました。
■『瓶詰の地獄』夢野久作(KADOKAWA)
夢野久作作品からひとつを選ぶのはなかなか決め難いのですが、ここでは最初に読んだ一冊を。夢現の狭間に行ける、唯一無二の幻想的な世界観に病みつきです。
■『嵐が丘』エミリー・ブロンテ 鴻巣友季子・訳(新潮社)
人生で一番読み返している本です。1847年刊行にも関わらず、こんなにも感情移入できるものかと驚きました。現代においてもまったく色褪せない普遍的な心理描写に、物語の持つエネルギーを感じます。
■『モモ』ミヒャエル・エンデ (岩波書店)
図書館で借りて「面白すぎる!」と衝撃を受けたのが九歳のとき。後日図書券が手に入ってすぐ、近所の本屋へ買いに走りました。小説家を志した原点のひとつです。大変おこがましくも、筆名の由来でもあります。
緒音百さんデビュー作『かぎろいの島』
発売:2024年06月20日 価格:1,870円(税込)
著者プロフィール
緒音百(オオト・モモ)
佐賀県出身。『呪録 怪の産声』『鬼怪談 現代実話異録』『呪術怪談』等、多数のホラー・怪談ジャンルのアンソロジーへの参加を経て、2021年に「第3回最恐小説大賞」を受賞した本作で単著デビュー。