医療従事者としての顔を持つ小説家は少なくありません。
現役・経験者含め、そんな作家さんたちが描く作品からは、治療や手術といった医療行為の臨場感や説得力だけでなく、それを受ける患者たちのリアルな心情も伝わってきます。それは人の命と向き合う医療の現場で、わずかな変化も見逃すことはできない注意力と観察眼のなせるわざなのかもしれません。
今回お話を伺った秋谷りんこさんも、かつて看護師を仕事とし、その当時の知識や経験から生まれた『ナースの卯月に視えるもの』で今年5月に小説家デビューを果たしました。
死を意識した患者が思い残していることが視える力を持ち、その心残りを解消するために奔走する看護師・卯月咲笑の物語。発売されたばかりの続編『ナースの卯月に視えるもの2 絆をつなぐ』では、彼女の身近な人々の病が描かれています。大切に思う人の「思い残し」が視えたしまったとき、卯月はそれとどう向き合い、どんな変化が生まれるのか……。
作品に込めた思いを秋谷さんに語っていただきました。
最期の瞬間に患者さんは何を考えていたのか、私は患者さんにきちんと寄り添えていたのだろうか、と今でも自問自答を繰り返しています。
――今回の『ナースの卯月に視えるもの2 絆をつなぐ』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
看護師の卯月咲笑は、患者さんが死を意識したときに心残りに思っていること、「思い残し」を視る能力があります。その「思い残し」を解消しながら、患者さんに寄り添い、同僚たちとともにより良い看護を目指し、成長していく物語です。
二巻では、頼りになる看護師長の背後に「思い残し」が視えたり、卯月の母親に病気が見つかったりして、卯月自身が動揺したり悩むことになります。そのなかで、看護師として人として、命の尊さを見つめる一冊になっています。読み終えたときに、大切な人と過ごすことの幸せを感じていただけるとうれしいです。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
「思い残し」の設定は看護学生時代の実習での経験がもとになっていると思います。死と隣り合わせの仕事であると頭ではわかっていたものの、担当した患者さんが翌日病棟へいくと亡くなっており、そのときのショックと悲しみは忘れられません。最期の瞬間に患者さんは何を考えていたのか、私は患者さんにきちんと寄り添えていたのだろうか、と今でも自問自答を繰り返しています。そんな思いが、患者さんの「思い残し」を解消する、という設定を生んだのだと思います。
そんな思いで、看護師を主人公にした小説を書きたいと思っていたときに、創作大賞2023(note主催)の募集があり、お仕事ミステリー部門があったので、その受賞を目指して書きました。
自分では当たり前だと思っていたことが、医療者以外の人から見ると新鮮に映るのだと知って、興味深く改稿しました
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。
一巻は、もともと2万5千字ほどの短い作品だったので、書籍化していただけるとなったときに大幅に加筆しました。看護師が、仕事をしながら何に悩み、どんなときに喜びを感じるのか、というリアルな姿を書きたいと思っていたので、お仕事の場面と看護師の心情が大きく膨らんだと思います。
自分では当たり前だと思っていたことが、医療者以外の人から見ると新鮮に映るのだと知って、興味深く改稿しました。「勤務中に今日は平和だと口にすると荒れるから言ってはいけない」「オペ室のナースはいつもマスクをしているからアイメイクだけ濃い人が多い」など、直接医療行為には関係ない「看護師あるある」も楽しんでいただけたようで、うれしかったです。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
人は誰でも、病気になる可能性はあるし、いつかは亡くなります。病気や障がいをもちながらでも健やかに生きるとは何だろう、ということをいつも考えています。ご自身やご家族に病気や障がいのある方、またいつかそうなる可能性に不安を持っている方にお読みいただいて、どんな状況でも生きる希望や救いはある、ということを感じていただけると幸いです。
看護師の仕事って何をしているのか実はよくわからない、という方も多いと思うので、その興味だけでお読みいただいても楽しめるようになっていると思います!
また、一巻では小学生や中学生の子どもたちが読書感想文を書く本に選んでくれたこともありました。親子で一緒に楽しんでいただき、生きる幸せとは何か、話すきっかけにしていただけると幸いです。
デビューしてみてあらためて、作家というのは読者さんがいないと成り立たない仕事なのだ、と実感しています
――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。
小説を書くことは一種のコミュニケーションではないか、と考えています。私が小説に込めた思いを読者さんが受け取ってくださる。どなたのことも不快にしない文章というものはありえませんが、できるかぎり良好で健全なコミュニケーションになるよう、気をつけています。あとは、自分が書いていて楽しいものにしたい、と思います。楽しく書いた小説のほうが、お読みいただく方もおもしろく読んでくださるのではないでしょうか。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
いつも応援していただき、ありがとうございます。このたび、デビュー作の続編を刊行できることになりました。デビューしてみてあらためて、作家というのは読者さんがいないと成り立たない仕事なのだ、と実感しています。一巻より、さらに読みやすく、おもしろいものが書けたと思いますので、ぜひお読みいただきたいです。生きることは、ときに不安なこと悲しいこともあります。でも、どんなにつらいときでも、きっと救いはあります。私の本が、人生を照らす小さな灯りのひとつになれたら幸せです。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
創作大賞2024(note主催)の授賞式にご招待いただき、いつも交流してくださるフォロワーさんたち、同じ時期に受賞した同期たちや先輩の作家さんたちとお会いできて、とても楽しい時間を過ごしました。一巻の審査員をつとめていただき、改稿時にも大変お世話になった新川帆立さんに久しぶりにお会いできてとてもうれしかったです。授賞式のあとに一緒にお食事に行って、いただいたお魚の何か(メニュー名を忘れました笑)がおいしかったです。
Q:ご自身はどんな小説家だと思われますか?
デビューしたばかりなので、もちろん作品は誠心誠意、熱意をこめて書いていますが、今はまだアマチュア感の抜けない小説家だと思っています。良い意味では親しみやすいのかもしれませんし、悪くいえばプロ意識が足りていないのかもしれません。デビュー前から応援してくださる方々もふくめて、読者さんの期待にこたえられるような小説家に成長していきたいと思います!
Q:おすすめの本を教えてください!
■『エンド・ゲーム 常野物語』恩田陸(集英社)
現実と地続きの不思議、というものが大好きです。この作品は、当たり前と思っていることが裏返される恐怖と、不思議な世界への入り口はどこにでも開いている、というおもしろさを体験できます。
この小説に出会ったことで、どんなに非現実的なことであっても、頭の中に空想していることを文章にして表現することができるという「小説を書くという行為のおもしろさ」を知りました。いつか自分もこんなふうに読者をのめりこませるような小説を書いてみたい。そう思わせていただける素晴らしい作品です。
■『女の国会』新川帆立(幻冬舎)
読みながら何度も涙をぬぐいました。それは感動や悲しみの涙ではなく、「私も憤ってよかったんだ」という、怒りと安心となぐさめのような複雑な感情でした。ジェンダー、女性差別という問題に真っ向から向き合い考えさせられる内容でありながら、ミステリーとしても非常に秀逸で、最後までページをめくる手が止まりません。時代に沿った問題提起とエンタメとしてのおもしろさを兼ね備えた素晴らしい作品です。おすすめです!
■『救いたくない命 俺たちは神じゃない2』中山祐次郎(新潮社)
現役医師としても働いている著者が書く、外科医を主人公としたバディものの続編です。タイトルの「救いたくない命」にぎょっとしました。そのタイトルに表現されているとおり、命に向き合う葛藤が鮮明に描かれていて、現役の医師ならではの視点の鋭さに驚かされます。手術のシーンは迫力満点で、その場にいるかのような緊張感も味わえます。私は元看護師なので、医療者が書く医療小説としてお手本になりますし、いつかここまでの作品を書いてみたいという目標にもなっています。
秋谷りんこさん最新作『ナースの卯月に視えるもの2 絆をつなぐ』
発売:2024年11月06日 価格:825円(税込)
著者プロフィール
秋谷りんこ(アキヤ・リンコ)
1980年生まれ。「note創作大賞2023」別冊文藝春秋賞を受賞し、本年5月に受賞作『ナースの卯月に視えるもの』でデビュー。