人間が抱えるグロテスクなまでの現実を、鋭い観察眼でリアルに描く作家・羽田圭介さん。

高校在学中の2003年にデビューを果たし、2015年の『スクラップ・アンド・ビルド』では遂に第153回芥川龍之介賞を受賞。

その羽田さんの最新作『Phantom』(文藝春秋)が、7月14日に刊行されました。

発売直後の7月21日には、『Phantom』のプロモーションも兼ねて、旧知の作家仲間である加藤千恵氏、中村航氏がパーソナリティーを務める生配信番組『真っ昼間のドーナツ』(ステキコンテンツ公式YouTube「ステキチャンネル」内)にゲスト出演しました。

今回は番組内で羽田さん、加藤&中村両氏で語り合った『Phantom』の魅力や裏話を鼎談形式でお届けします。


【『Phantom』内容紹介】

外資系食料品メーカーの事務職として働く元地下アイドルの華美は、生活費を切り詰め株に投資することで、給与収入と同じ配当を生む分身(システム)の構築を目論んでいる。

恋人の直幸は「使わないお金は死んでいる」と華美を笑うが、とある人物率いるオンラインコミュニティ活動にのめり込んでゆく。

そのアップデートされた物々交換の世界は、マネーゲームに明け暮れる現代の金融システムを乗り越えゆくのだ、と。

やがて会員たちと集団生活を始めた直幸を取り戻すべく、華美は《分身》の力を使おうとするのだが……。

富に近づけば、死に近づく。

高度に発達した資本主義、その欠陥を衝くように生まれる新たな幻影。

羽田圭介の新たな代表作。

(文藝春秋HP内『Phantom』作品ページより)


【鼎談1:構想は芥川賞受賞よりも前だった!?執筆頓挫の思わぬ理由とは】

加藤「私、羽田君ってすごく作家っぽいと思った」

羽田「なんですかそれ(笑)」

加藤「いや、作家なんだけどさ(笑)。主人公が華美っていう女性で、恋人の直幸がいて、結構極端な価値観を持ってるじゃない、それぞれに」

羽田「はい」

加藤「その、どちらにも肩入れしてないのが、作家っぽいというか」

羽田「ああ~」

加藤「もちろん主人公だから華美の描写が多くなるんだけど。なんか小説って読んでて、“あ、作者はきっとこういうこと思ってるんだな”っていうのが伝わる部分ってあるじゃない。“あくまでも登場人物が言ってるけど、これ作者の気持ちなんだろうな”って、“作者ってこういうこと考えてるんだろうな”みたいな……」

羽田「ああ」

加藤「私、今回の『Phantom』を読んで“羽田君がいない!”って思ったの。なんかそれがすごいなって思ったんだよね。誰に関してもフラットというか。あんまり肩入れしてる感じがしなくて」

中村「確かに書き方は『三人称の一人称小説』ですけど、そんな感じはしましたね。一人称に肩入れしてなくて、三人称小説を読んでるみたいな」

加藤「うんうん」

中村「なんかこう……女性主人公の小説読んで感じるようなこととなんかちょっと違う……三人称の味わいというか、物語の醍醐味というか」

加藤「本当にそう」

羽田「なんか……初めてそういう感想いただきました」

加藤「作家の視点って『神の視点』みたいに言われたりすることあるじゃない。三人称小説とか特に。“それってこういうことなんだなあ”って思ったんだよね」

羽田「えー、その指摘、なんかやっぱり2人とも……作家なんだなあ(笑)」

(一同爆笑)

羽田「いままで誰からもそういうこと言われたことないから」

加藤「ほんと? いや、フラットに書けるのってすごいなあと感じたよ」

中村「おそらく、華美がすごくその……なんでもお金に換算したり、暗算で1.05の掛け算をしてたりしてて。そこになんか、ロボットみたいというかAIみたいというか、そういう感じがして、神視点のような味わいが出てるんじゃないですかねえ」

加藤「うーん、それはわかんないけど(笑)。そこも関係あるのかな。確かに数字とかね……」

中村「いや、数字とかじゃなくて、“振られてツライ”とかそういうことで物語が始まってたら、加藤さんも、そういう風に思わなかったと思うんですよ」

羽田「“振られてツライ”(笑)」

加藤「“振られてツライ”ああ、これはわかるーとか。……それ、なんか私がバカみたい(笑)」

(一同爆笑)

加藤「あとやっぱり羽田君って、対極的なものだったり、『境目』を書くのが巧みだよね」

羽田「そうですか?」

加藤「『成功者K』のときも思ったんだけど、自己的なものと、他者から見た自己の『境目』とか。これも、お金とお金以外の部分だったり。あるいは死だったり。そういうのを掬い上げるのが巧みだなあ、さすがだなあと思いました」

羽田「この小説は……そこまで意図してなかったけど、どっちにも肩入れしてないように読めるのは、おそらく単純に、書くのに時間がかかったからってのもあるとは思うんですよ。っていうのも……」

加藤「あ、どこかで読んだんだけど、すごく前から構想が……芥川賞前から?」

羽田「はい、そうです。2014年の終わりぐらいに書き出して…2015年の7月まで書いたところで、400字詰め原稿用紙で100枚ぐらいなのかな、そこまで書いて頓挫したんですよ」

加藤「じゃあ半分近くは書いてたっていうこと?」

羽田「1/3以上、半分未満ぐらいは書いてた。まあ、もちろん書き直しはしてるんですけど」

加藤「でも、2021年現在の状況にすごく当てはまるよね」

羽田「まあそれはもちろん、ちょっと書き直したとこもあるんだけど。でも、意外とそのまんまのとこも多くて」

加藤「へぇ~」

羽田「それで、なんで頓挫したかって言うと、華美が株で金増やそうとしてたのは7年前の自分がちょっとそれに近かったんですね。なんかその、年収が280万のときもあれば500万のときもあって振れ幅が大きくて、確定拠出年金やったほうがいいのかなと思って始めたところで。まあ投資信託買ってETF買って米国配当株買ってとか、なんかやって1年ちょっと経ったときにこの小説書き始めたんですよ」

加藤「……半分以上の言葉がわかんなかったけど、いろいろやったってことはわかった(笑)」

羽田「で、2015年7月ってもう、今から6年前なんですけど、芥川賞獲ったら急に忙しくなったのと、あと株でちまちま増やそうとしてる主人公に、なんか感情移入できなくなったってのもあるんですよね。あとは、ほかに面白いネタが見つかったからとかいろいろあって頓挫したんですよ。そのあとしばらく……アッパーな感じの作品書いてって」

加藤「アッパーな作品(笑)。『ポルシェ太郎』とか?」

羽田「そうそうそう。去年、まあコロナ禍で外に出てやる仕事も減って、ちょっと昔書いて途中になった小説読み直したら、あ、これいいじゃんって思って。それに2020年のそのときに考えてること……主人公の華美と対する直幸の……」

加藤「コミュニティ?」

羽田「信じてるものっていうのを、2020年時点で流行ってるものっていうんですかねえ……まあそれは昔から繰り返されてるものでもあるんですけど、それを相対的に、互いを見つめ直す存在として付与させて、ちゃんと刊行することができたっていう感じなんですけど」

加藤「じゃあ2014年時点では、ラストの形とかはいまとは違ったんだね」

羽田「全然そこまで……だからどうやって終わらせていいかとかわかってなかったですね。自分で軍資金を作っていって複利計算がベースにある主人公の行動で、小説としてどう動きをつけてラストを作っていくのかってのは、まあわかんなかったんで。だから最後は全然思いついてなかったですねえ」

加藤「でも終盤がすごくおもしろかったな。ほんとになんか……羽田君て映画好きでしょう?」

羽田「好きですねえ」

加藤「そういうのもあるのかと思ったの。映像が浮かぶ感じもあって。結構、そういう緊迫感だったりとか」

羽田「ああ、でもそれは単純に難しかったからですね。小説として終わらせるのが難しいから、じゃあそういう映像的な感じにするかってのはありました」

加藤「とはいえやっぱり小説でしかできないことが書かれているんだけど」

羽田「ありがとうございます」


【鼎談2:話は転がって2021年の経済事情!?老後の蓄えはどこまで必要?】

中村「華美があんまり人間的な感じがしなくて、でもそれがなんかちょっと良かったですね」

加藤「珍しいタイプだよね。そんな、寝る前に1.05掛け続ける子とか、まずいない(笑)」

羽田「そうですねえ」

加藤「航さんは株とかわかるじゃない。そういう人から見たときにどうなの?」

中村「なに、“そういう人”って(笑)」

加藤「私は、そういうシーンは……もちろん読んだけど。なんか詳しそうだから(笑)」

中村「僕はあの……羽田さんとこういう話したことはないんだけど、いろんなところのインタビューとかを“おんなじこと考えたりやったりしてるなあ”って思いながら見てました(笑)」

羽田「おんなじことやってるって?」

中村「いや、やっぱりその、同じ職業だから、ETFとか確定拠出年金とか、かとちえさんはよくわかんないかもしれませんけど、“ああそれ、俺も、何年ぐらいに始めたなあ”みたいに思いながら聞いてました(笑)」

羽田「そう、7~8年前にほかの小説で証券マンを出したときとかも、大手の出版社の人たちはあまり株のことわかってないんですよね」

加藤「ああ…」

羽田「なんでかって言うと、安定した収入ある人って、たぶんそういうの目覚めないんですよ。給料貰って十分だから。でも最近の大手出版社の人たちは、20代とかでもそういうこと知ってる人多いんですよ。だからたぶん、昔より給料減ってるっぽいですね」

加藤「えー。でも、私だって当然、超不安定だけど、そういうの全然だし。収入あるなしにかかわらず、やっぱ興味だと思うけどな。……でもそうだ、数年前に航さんと羽田君に揃ってさあ、“ナントカをやったほうがいいよ”って」

中村「それが確定拠出年金なんだよ」

加藤「あ、そうなんだね。数年前、何人かで集まったときに、やったほうがいいよって2人が言ってて、まったくわからないまま、なにかやった(笑)」

羽田「でも僕は、もうやめたほうがいいと思う。やらなくていいと思う」

加藤「それは、自分が成功者となって変わったってこと(笑)? ちまちまやってないってこと?」

羽田「そんなんじゃなくて。普通に考えてみたら、まず餓死することって少ないと思うんですよね、日本では」

加藤「うん」

羽田「まともにコミュニケーション取れる人だったら、誰かしら頼れる人もいると思うんですよ」

加藤「ヘルプが出せるのであれば、そうだよね」

羽田「そう。だから60歳以降の生活に備えなくてもいいかなってのがまずあるんですよね。生活保護とかだってあるし」

加藤「なるほど」

羽田「だからお金って、身体が元気なうちに使うこと……身体が元気なうちに使うために増やすのはアリだと思うし、普通の投資だったらまだいいと思うんだけど、確定拠出年金とかって60代以降の話なんで、そこで備えてももうしょうがなくない? っていう」

加藤「ああ。……でもなんかいま話聞いて、もしかしたらこれなのかなって思ったけど、『Phantom』で羽田君がどこにも肩入れしてないように感じたのは、羽田君の立ち位置が変わったってのでもあるのかなあ? 最初は華美の立場に寄り添ってたけど……」

羽田「いやもう、はい、それはそうですね。そういうことですね」

加藤「確かに華美の言ってることが正しいとも正しくないとも思えなくなるっていうか。考えさせられるよね、やっぱり」

中村「華美が、ずっとお金使わず増やすことを考えて、稀に使うときも“あ、これ10年後にはいくらになる”とか考えてた人が、とある事情で傭兵を雇うのに200万円使うんですよね。で、そのときに“生きてる”実感を得るっていうのは、とてもわかるし……すごくワクワクしましたね」


【鼎談3:デーブさんに見抜かれた?タイトルの秘密】

中村「この『Phantom』ってタイトルもすごいよね。ファントム(=幻影)だもんね、この小説」

羽田「そうですね、はい」

加藤「タイトルはどの時点で決めましたか?」

羽田「タイトルは書き終わってから」

加藤「あ、書き終わってからなんだ。ピッタリなタイトルだよね」

羽田「最初から決めてるパターンと、書き終わってからのパターンがあるんですけど、今回わりと久々に、書き終わってから急にきたかな」

加藤「すぐに思い浮かんだ?」

羽田「いや、ちょっと悩んで…」

加藤「へえ。でも出たとき“あっ”って思ったよね、これは」

羽田「思った!」 

加藤「だってすごく、しっくりだもんね」

中村「書き出したときって仮タイトルとかはつけるじゃないですか」

羽田「つけますね」

中村「仮タイトルなんだったんですか?」

羽田「……『分身』とか『装置』とかつけてたんじゃないかなあ」

中村「ああ、なるほど。それでも内容にぴったりのタイトルですね」

羽田「でもこれ、この前も、東京MXテレビの『バラいろダンディ』って番組に出たときに、デーブ・スペクターさんが“あ、ファントムって、ロールスロイスの車でもあるよね”って言ってて。ああ、すぐ気づかれたなあって思って」

加藤・中村「?」

羽田「僕、車の名前を小説のタイトルにつけがちだな、って(笑)」

加藤「ああ。『ポルシェ太郎』(笑)」

羽田「ポルシェとか、あと『ミート・ザ・ビート』ってのも前に書いたし。いままで出した中に3冊、車の名前入ってて(笑)」

加藤「めっちゃ車好き(笑)」


■羽田圭介さん出演、加藤千恵×中村航『真っ昼間のドーナツ』

羽田圭介さん出演の『真っ昼間のドーナツ』はステキブンゲイ公式YouTube「ステキチャンネル」にて好評アーカイブ配信中です。


■羽田圭介さん最新作『Phantom』

『Phantom』(羽田圭介) 文藝春秋
 発売:2021年07月14日 価格:1,540円(税込)
書名(カナ)ファントム
ページ数176ページ
判型・造本・装丁四六判 上製 上製
初版奥付日2021年07月15日
ISBN978-4-16-391397-1

【著者プロフィール】

羽田圭介

小説家。1985年、東京都生まれ。高校在学中の2003年に『黒冷水』で第40回文藝賞を受賞しデビュー。2015年、『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞を受賞。近著に『成功者K』『ポルシェ太郎』、またエッセイ『羽田圭介、クルマを買う。』など。


加藤千恵

歌人・小説家。1983年生。北海道旭川市出身。立教大学文学部日本文学科卒業。2001年に短歌集『ハッピーアイスクリーム』でデビュー。短歌以外にも、小説、詩、エッセイ等、幅広く執筆。最新刊に、NICU(新生児特定集中治療室)を舞台とした『この場所であなたの名前を呼んだ』


中村航

小説家。2002年『リレキショ』にて第39回文藝賞を受賞しデビュー。続く『夏休み』、『ぐるぐるまわるすべり台』は芥川賞候補となる。ベストセラーとなった『100回泣くこと』ほか、『デビクロくんの恋と魔法』、『トリガール!』等、映像化作品多数。

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