2019年『隣人X』で第14回小説現代長編新人賞を受賞しデビューされ、デビュー後、初の短編小説集となる『燃える息』を刊行された、パリュスあや子さんにお話をお聞きしました。
「これをせずにはいられない」という衝動を深く描く
――『燃える息』大変おもしろく拝読させていただきました。依存する心の動きが生々しく、恐ろしくも甘美で作品の世界に引き込まれました。本作について、これから読む方に向けて内容をお教えください。
この短編集には様々な依存症の人が登場します。
「依存症」と聞くと、自分には全く関係のない特別な病気、と思う方が多いかもしれません。ただ、厚生労働省のサイトによれば<特定の何かに心を奪われ、「やめたくても、やめられない」状態になること>だそうで、自分にも当てはまりそうとドキッとしませんか?
私はフランス在住にもかかわらず、日本のコンビニやチェーン店の食レポ記事をチェックするのがやめられず「また時間を無駄にしてしまった」と毎日反省しています。
重いテーマではありますが、あくまでもフィクションのエンタメ作品。楽しく読めて、なにかが心に引っかかるバラエティに富んだ六編になるよう心掛けました。
―― 依存症をモチーフに物語を描こうとされたきっかけを教えていただけますでしょうか。
以前「遺骨の置き去り」問題に興味をもって調べていたことがあり、この「遺骨」が関係のない誰かの手元に転がり込んでくる状況があったらおもしろいかも……と、初めに「置き引き依存症」の女子学生の話が浮かびました。
主人公の内面を描いているうちに「これをせずにはいられない」という衝動こそ深く描けたらと考えるようになりました。
衝動をリアルに。そして、読後に希望が残るように
―― ご執筆にあたって、苦労した点や、執筆時のエピソードをお聞かせください。
どれだけ説得力を持たせてリアルに衝動を描けるかが、今回の一番の挑戦で、一番苦労した点でもあります。
短編作品のそれぞれを五感と掛け合わせた物語にしているので、その打ち出し方も悩ましかったのですが、縛りがあったおかげでより具体的に書けました。
例えば表題作の「燃える息」は「嗅覚」が重要なテーマで、主人公の大好きな「ガソリンの匂い」をどう表現しようかと、よくガソリンスタンド周辺をうろついて嗅ぎまわっていました。怪しまれて店員に声をかけられてしまい、スタンドでチョコを買ってごまかしたのも今では良い思い出です。
―― どのような方にオススメの作品でしょうか? また、読みどころをお教えください。
「わかっているのに、やめられない」という経験は、誰にでもあると思います。「意志が弱いせいだ」と自分を責めてしまいがちですが、夢中になれるものがあるのは幸せなことでもありますよね。本作も読後は希望が残るものにしたつもりです。
「依存症」と聞いてドキッとした方はもちろん、ピンとこない方にも「意外と身近な話かも?」と自分に引き付けて読んで頂けたら嬉しいです。
「なぜ今、この物語を 書くのか」を胸に
―― 小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にされていることをお教えください。
会社勤めを経て大学院で映画脚本について学びました。
その頃、恩師に問いかけられた「なぜ今、この物語を書くのか」という言葉は、今もずっと胸にあります。小説を書くうえでも、大きな指針です。
―― 最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
「不要不急」で息苦しい時期ですが、自分にとって譲れないものは大切にしていきたいですよね。
お家でのんびり、読書の秋を満喫できますように!
依存症に理解がないと、当人の意志が弱いせいだと他人を責めたり、依存から脱却できない自分を責めたりしてしまいがちです。
本作では、6つの短編で様々な依存症が描かれています。どの主人公にも深刻な事情があり、そうせずにはいられない心理に追い込まれ、依存症になっています。そのため、本作を読むと、依存が責めたり責められたりするものではないことがよくわかります。
表題作の「燃える息」は、ガソリンの匂いに執着して離れられない男女が、恐ろしくも、うっとりするような美しさで描かれています。
依存症という意識がなくても、だれもが多かれ少なかれ何かに依存して生きており、誰かと一緒に生きるということは、実は依存とは切り離せないことなのだと考えさせてくれる、素敵な小説でした。
おすすめです!
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
近所の中華食材店で、日本のお米や味噌を扱い始めたこと。
フランスは日本食ブームなのでスーパーにもそれなりに揃っていますが、パリ郊外に引越してからは納得できる日本食材を手に入れるのが難しくなっていたので大助かりです。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
デビューしてまだ一年少しで他の仕事も続けているせいか、なかなか小説家という自覚が湧きません。目標は「焦らず腐らず地道に書き続けられる小説家」です!
Q:おすすめの本を教えてください!
高校、大学時代に読んだ本は、今でも特別な思い入れがあります。
・『マークスの山』高村薫
読書に没頭しすぎて、他は全てどうでもよくなった初めての本です。通学中に読んでいたので、降りるべき駅も乗り過ごして結局授業をサボってしまいましたが……
・『袋小路の男』絲山秋子
片想いに胸を痛めていた当時、自分の気持ちが描かれているようでキリキリ切なかった。
・『赤目四十八瀧心中未遂』車谷長吉
つべこべ言わずに生きていこうと、背筋を正しました。
パリュスあや子さん最新作『燃える息』
発売:2021年09月29日 価格:1,705円(税込)
著者プロフィール
パリュス あや子 (パリュス アヤコ)
神奈川県生まれ、フランス在住。
広告代理店勤務を経て、東京藝術大学大学院映像研究科・映画専攻脚本領域に進学。「山口文子」名義で映画『ずぶぬれて犬ころ』(本田孝義監督/2019年公開)脚本担当、歌集『その言葉は減価償却されました』(2015年)上梓。2019年『隣人X』で第14回小説現代長編新人賞を受賞し、デビュー。