『彼岸花が咲く島』で2021年の芥川賞を受賞した李琴峰(り ことみ)さん。受賞後第一作となる小説は 書き下ろし 、コロナ禍の台湾で暮らす同性婚カップルの物語『観音様の環』。傑作中編となりました。

 この作品は、U-NEXTの電子書籍による限定配信ということでも話題になりました。そして、本日(2021年11月26日)より、Kindleでも発売され読むことができるようになりました。

 作品や創作について、李琴峰さんにお話をお聞きしました。

書影

コロナ禍の台湾で暮らす同性婚カップルの物語

『観音様の環』について、あらすじを教えてください。

 世界に襲いかかった新型コロナウイルスの封じ込めに成功していた、2020年の台湾。瀬戸内海の島出身のマヤと、台湾出身のジェシカが台湾で同性婚をし、台北で暮らしている。

 そんな中、親族一同が集まる旧暦の大晦日の「年夜飯」の席に、ジェシカはマヤを誘うが、マヤには密かな葛藤があって……。

 家とは何か、家族とは何か、自由とは何かを問い直す中編小説です。

 この物語を描こうとされたきっかけを教えてください。

 U-NEXTさんに執筆依頼を頂いた時は、「コロナ禍での人と人との交流」「『ポラリスが降り注ぐ夜』のような作品」を書いてほしいという依頼内容でした。

 ちょうど私も、コロナ禍の中で、というか、コロナ禍をきっかけに同性婚をしたカップルの物語が書いてみたいと考えていたところなので、U-NEXTさんのリクエストとぴったり合致しました。

「コロナ禍の世界」「同性婚カップル」「『ポラリスが降り注ぐ夜』との関連性」の3つが大きなテーマですね。そこに「生きづらさ」や「家族」「自由」といった、これまでの作品でも一貫して探求してきた問いかけが加わった形です。

 主人公マヤの出身地を瀬戸内海の島にしたのは、去年私が実際にその辺りを旅して、とても印象に残って、気に入ったからです。

LGBTやジェンダー、家族について考えたい人へ

 執筆で苦労したところ、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。

 元々は「コロナ禍の台湾で暮らす同性婚カップルの話が書きたい」とぼんやり考えていただけですが、書いていく途中でいくつかのアイディアが新たに浮かんできました

 二人が基隆にある中正公園を訪れることによって、マヤの封印された記憶が解放されるというのがその一つです。

 台湾に住んでいた時、基隆はもちろん行ったことがありますが、残念ながら中正公園には行ったことがありません。

 この小説を書くにあたって、本当は現地に行って取材したかったのですが、コロナの影響でそれが叶わず、ネット上の情報に頼るしかありませんでした。

 そのため、中正公園の描写には苦労しました。現地に行けなかったのが心残りで、コロナが収束してから必ず訪れたいと考えています。

 どのような方に読んでもらいたいでしょうか? また、おすすめの読み方がありましたら教えください。

 LGBTやジェンダーに関心がある方はもちろん、「家」や「家族」というものについて何かしらもやもやした気持ちを抱き、それについて考えたいと思う方にも、ぜひ読んでいただきたいです。

 今回の「観音様の環」は、単体で読んでももちろん問題ありませんが、過去作『ポラリスが降り注ぐ夜』と世界観が共通しているので、併せて読むとより一層世界が広がります。オススメです。

小説を読むことは、既知の世界を拡張させる手段

 小説を書くうえで、大切にされていること、こだわっていることを教えてください。

 社会的弱者やマイノリティの声を掬い上げること。常識とされていることを鵜呑みにせず、自分の価値観と感受性を大事にすること。

 日々の生活や、世界や社会に対して抱く違和感を見過ごさず、自分なりに掘り下げて考えること。

 読者の方に向けて、メッセージをお願いします。

 小説を読むというのは、既知の世界を拡張させる手段の一つです。

 行ったことのない場所、出会ったことのない人、耳にしたことのない言語、遭遇したことのない価値観を、ぜひ小説で堪能していただければ嬉しいです。

 ご執筆される上で、”社会的弱者やマイノリティの声を掬い上げること”を大切にされているとのことで、本作の主人公もマイノリティであり、子どもの頃に差別を受けたりと、つらい時期を過ごしています。

 同性婚のパートナーとの深い関わりを通して、「家」や「家族」について考え、ある出来事をきっかけに、つらい過去と向き合い、主人公の心が変化していく様子に感動しました。ある登場人物の物語が、『ポラリスが降り注ぐ夜』に描かれているとのことで、こちらも合わせて読みたいと思いました。

 おすすめです!


Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

 芥川賞を受賞したこと。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

 知性と感性、自身と他者、個人と社会、現在と歴史、理想主義と現実主義――様々な両極端の間で、何とか自分なりにバランスを取ろうとしている、理知的な小説家。

Q:おすすめの本を教えてください!

邱妙津『ある鰐の手記』

アルベール・カミュ『異邦人』

渡辺みえこ『女ひとり漂泊のインド: 恵みの岸辺ヴァーラーナスィー』


李琴峰さん最新作『観音様の環』

書影

公開日:2021/10/15
U-NEXTの月額会員であれば「読み放題」で読むことができます。

作品URL:https://video.unext.jp/book/title/BSD0000484022/BID0000820574?rid=PR00440

また、2021/11/26より、Kindle版が発売開始されました。

著者プロフィール

李琴峰さん

李 琴峰(り ことみ)

1989年台湾生まれ。日中二言語作家、翻訳家。
2017年、初めて日本語で書いた小説『独り舞』(講談社)が群像新人文学賞優秀作を受賞し、作家デビュー。2019年発表の『五つ数えれば三日月が』(文藝春秋)は芥川龍之介賞と野間文芸新人賞のダブル候補となる。2021年、『ポラリスが降り注ぐ夜』(筑摩書房)で芸術選奨文部科学大臣新人賞を、『彼岸花が咲く島』(文藝春秋)で芥川賞を受賞。他の著書に『星月夜』(集英社)がある。

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