『死にたくなったら電話して』で文藝賞を受賞しデビューし、『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』で野間文芸新人賞を受賞された李龍徳さん。

 最新刊の『石を黙らせて』では、罪と許しの問題を描かれました。これまでもテーマのひとつとして取り上げていた問題を、ついに結晶化したと語られる本作について、お話をお聞きしました。

とうてい償えない罪を犯した人間の心理

――『石を黙らせて』について、これから読む方や購入を検討されている方へ、内容を教えてください。

 罪と許しの問題。罪はどうしたら許されたということになるのか、あるいは許しを乞う対象が不在だったり不明だったり曖昧だったりする場合、我々の心はどのようにして自身の罪意識と向き合うべきか、そういう、これまでも自作においてテーマのひとつとして取り上げていた問題を、いよいよ結晶化して世に問おうとした、『石を黙らせて』は私にとってそういう作品です。

――本作を描こうとされたきっかけを教えていただけますでしょうか。

 作中でも取り上げた、「13人にひとり」が無理やりに性交された経験、という小川たまかさんによるネット記事を読んだのがそのきっかけのひとつです。

 もうひとつはダンテの『神曲』のような地獄(煉獄)巡りのような物語を、現代社会に移して書いてみたいと思っていた構想が元々あり、あとは先述した、私の過去作にはたびたびモチーフにしていた「とうてい償えない罪を犯した人間の心理、その後のあがき」というのを前面に出した小説を書きたい等、それらの動機が合わさって完成したのが今作だと思います。

その一歩を踏み出させるかどうか、最後まで悩んだ

――ご執筆にあたって、苦労されたことなど、執筆時のエピソードがございましたらお聞かせください。

 最終章について、とくに苦労しました。当初の構想での最終章は、若きお坊さんである宮下による一人称にそこだけ変わり、主人公をもっと突き放した話法、主人公をもっと正体不明の存在として書き進めようとしてそれも完成させましたが、担当編集者との話し合いのなかで「技巧的に無理がある」と互いに合意し、それで現バージョンに落着しました。

 主人公の最後の行動も、その一歩を踏み出させるかどうかについて最後まで悩みましたが、こういうかたちになりました。

――どのような方にオススメの作品でしょうか?

 どのような属性の人であれ、そこをピンポイントにおすすめするということはありません。

 それを前提とした上で、この小説に関しては、主人公が17歳のときに犯した罪の意識に成人になってから苛まれるわけですが、まさに17歳未満の男の子が、なんのアクシデントか、ついこの本を手に取ってしまってそれでこの物語をひとつの教訓として読んでもらえたらと想像することは、作者として楽しい妄想です。

本作が、ひとつの到達点

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることや、こだわっていることをお教えください。

 パンチ力。リズム。そして殺し文句。ページをめくる手を止めさせないためにあらゆる方法を尽くす。そういうことに心を砕いています。でも、この作品を書いたあとは、そういう手法に疲れて飽きてきたことも事実だと報告しておきます。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

 デビュー作からずっと、どうしてこういう、人の神経にさわるようなテーマばかりを選んで小説を書くのか、それでこそ文学だろうと開き直りたくなる思いもあるのですが、今作を書き終えてからは、もっと開かれた文学に挑戦したい気持ちもあります。

 いずれにせよ、今作『石を黙らせて』がそういう露悪的な「テーマ小説」を書き続けてきた私の、ひとつの到達点でしょう。興味を持たれましたら、手に取って、最初の数行だけでも読んでいただければ幸いです。

 ただ一点、現実の性暴力被害に苦しみを覚えている方、その面で過去に受けた心の傷に悩まれている方は、直接的な性描写は極力ないように私としても心がけましたが、それでもフラッシュバックとかの作用があるかもしれませんのでお読みにならないほうがいいかもしれません。

 17歳のときに犯した、重い罪の意識に悩まされる主人公の心理と行動、その生々しい描写に神経を掴まれながら読みました。主人公と関わりのある親友、同僚、肉親への告白と、それぞれの反応。同じ罪を犯していても、それをなかったことや、たいしたことではないと認識している登場人物もいて、罪の意識や贖罪について考えました。

 また、叫び声を上げる石に責められつづける主人公の地獄のような苦しみが伝わってくると同時に、被害者はもっと苦しんでいて、苦しめられて当然だという感情や、謝罪することは自己満足でしかないと責めるような感情にもなりました。

 これほどの深い罪ではなくても、人の心を傷付けてしまった過去と、それを後悔する気持ちや、反対に、傷付けられた過去と、それを許せない気持ちは、誰にでもあるのではないでしょうか。加害者側と被害者側の視点を、交互に自分に置き換えつつ、とても衝撃的な読書になりました。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

 3月の話になりますが『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』という私の著作が、文庫化します。それだけでも大変うれしいことですが、さらに解説を、敬愛する作家のひとりである保坂和志さんに書いていただけたことが、もういますぐ死んでも後悔はないだろうというぐらいにうれしい出来事でした。1作目の『死にたくなったら電話して』文庫版の解説も、素晴らしい文章を星野智幸さんに寄せていただけましたし、私はとても幸福な作家です。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

 学生時代に愛読していた王道中の王道の文学を目指していたつもりがどうやらそうなっておらず、メインストリームから外れた席にぽつんと座らされているような、そういう存在だとの自認が、いまのところはあります。

Q:おすすめの本を教えてください!

・レイモンド・カーヴァー『親密さ』(短篇集『象』所収)中央公論新社

・ラクロ『危険な関係』岩波文庫

・保坂和志『カンバセイション・ピース』河出文庫


李龍徳さん最新作『石を黙らせて』

『石を黙らせて』(李龍徳) 講談社
 発売:2022年01月26日 価格:1,870円(税込)

著者プロフィール

李 龍徳 (イ ヨンドク)

 1976年埼玉県生まれ。在日韓国人三世。2014年『死にたくなったら電話して』で第51回文藝賞を受賞しデビュー。2020年『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』で第42回野間文芸新人賞を受賞。

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