第2回 阿波しらさぎ文学賞を受賞後、『舞踏会』(書肆侃侃房)、『ダムヤーク』(RANGAI文庫)が話題となり、短編「ジモン」が『現代の小説2021 短編ベストコレクション』(小学館文庫)に選ばれるなど、活躍中の小説家 佐川恭一さん。

 最新刊は『アドルムコ会全史』(代わりに読む人)。装幀から普通の本でないことが伝わってきます。現実と虚構、アホみたいなことと賢者みたいなことを、独特な文体で縦横無尽に表現した本作。笑い、戸惑いながら、人間について考え込んでしまいました。

 刊行にあたり、著者の佐川さんにお話をお聞きしました。

そうはならんやろ的なぶっ飛び方を連発

――『アドルムコ会全史』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

 この本の発端として「顰蹙」「不謹慎」という言葉があったので、全体としてはそうしたムードに満ちています。でもあまり暗くはなく、明るいタイプの黒い笑いの書になっているのではないかなと思います。

 『アドルムコ会全史』は工場労働者の主人公がかつて自分ででっち上げた宗教に翻弄される話なのですが、そうはならんやろ的なぶっ飛び方を連発しているのでぜひ楽しみにしてもらいたいです。他の長編もばりばりの自信作ばかりです。それらについては「代わりに読む人」のサイトでも触れていただいているので、ここでは短編『キムタク』について紹介しておきたいと思います。これはカフカ『変身』のパロディになっていて、「朝起きたときに毒虫ではなくキムタクになっていたら?」という話です。朝起きたらキムタクになってないかなあ、と思ったことのある人は多いでしょう。じっさいそんなことが起きたらどうなるか、この作品が私の考える一つの答えです。いずれ女性バージョンも書きたいと思っているのですが、『ハシカン』か『フカキョン』かで迷っています。他にいいアイデアがあったらぜひ教えてください。

――本作を描こうとされたきっかけを教えていただけますでしょうか。

 着想に関する出来事はそれぞれ細かくあるんですけど、アドルムコ会全史の話をしますと、主要人物の岸田にはモデルがいます。周りから見ればなぜそれに執着するのかわからないようなことに執着し、どう見ても他に向いていることがあるのにそんなことには目もくれない、という友人がいて、話していても一切の迷いがないんです。彼と話すといつも彼の世界観に巻き込まれて、自分のほうがおかしいのではないかと思わされるので、彼のことを書いてみたいなとずっと思っていました。

 僕にはいわゆる変人とされる友人が多いのですが、本当の変人というのは自分が変わっているという意識を持っていないので、変人アピールをしません。僕の考えでは、そんなアピールをしている人は全員ニセモノの変人ワナビです。本物は自分が普通だと本気で信じていて、その独自世界を無意識に強化し続けている。そこには何かしらの病理がある気もしますが、危険な方向にさえ転ばなければそれはすごく面白い世界に見えるし、現実世界で軸がブレブレの僕にとっては憧れの対象でもあります。

 刊行の経緯についてですが、僕はとにかく毎日何かを書いていないと落ち着かなくて、自分が面白いと思えれば変な小説でも何でも書いてしまいます(し、書くべきだとも考えています)。そのせいで、この時代にメジャー文学賞を獲れるわけもなく、商業媒体で発表できるわけもないような原稿がPCに大量に眠ってしまっていました。表に出せなくても仕方ないとはわかりつつ、自分としては全力を尽くして書いた自信ある作品群なので、なんとかならないかなあとツイッターで呟いたところ、ありがたいことに数社からご連絡をいただきました。そのうち最速だったのが友田さんです。すぐに不謹慎系の作品で自信のあるものをすべてお送りし、その中から友田さんにセレクトしていただいたのがこの『アドルムコ会全史』の収録作です。

最近の現代文学が物足りない、という方にぜひ

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。

 執筆自体で苦労した、という感覚はそんなにないです。もちろん調べ物をすることもありましたが、小説を書くための調べ物の時間というのは個人的には娯楽に近いです。

 この本の収録作に限らず、プロットは基本的に作りません。大体頭の中で曖昧な構想を作って、それをぼんやり保持しつつ書いていくイメージです。構想と関係のない話が異様に膨らんで構想を食ってしまうこともありますが、それはとにかくそのまま膨らむに任せて、使い物になるかどうかは後で判断します。むしろその膨らみの部分を書くのが楽しく、またそこにこそ独自の色が現れると感じているので、構想は最初から破綻を前提としているようなところがあるかもしれません。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

 最近の現代文学が物足りない、という方にぜひ読んでみてもらいたいです。十年ぐらい前は明らかに違ったと思うんですが、だんだんクリーンさが求められる時代になり、そちら向きではない作家までそのような作品を書くようになってきた、という印象が僕にはあります。もちろん、プロの作家となると最初からボツになるとわかっている原稿は書きづらいですし、なんとなく空気で「こんなこと書いたらダメ」と手を引っ込めてる人も多いでしょう。本当はみんなもっと面白いものが書けるのに、空気によってテーマを制限され、細部を去勢されているという状況なのではないでしょうか。もちろん、今のクリーンな状況を理想的だと考える人もいると思いますが、少し文芸界全体がそちらに寄りすぎではないかな、と個人的には思います。

 すでに述べたとおり、僕はとにかくボツになるとか賞がどうとかは考えず、面白いと思ったことはまず全部書きます。一応言っておきますと、それは顰蹙を買うとか不謹慎だとかそうした方面ばかりではなく、その時どきで一番面白いとか、書く価値があると思えることを書いています。今回はその中で、一定の方向付けがなされた作品集になっているということですね。なかなか他では読めない、いわば時代に逆行した作品が集まっていると思いますので、現代の空気が息苦しいなと思っている方にはぜひ期待して読んでいただきたいです。

「これは書いたらダメ」という先入観を持たないこと

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

 こだわりはあまりないほうだと思いますが、強いて言えばやはり「これは書いたらダメ」という先入観を持たないことです。この作品はあまり受け入れられないだろうな、と思って発表したものがすごく広く喜ばれる、ということも多々ありましたし、とにかく書いてみないと何もわからないと思っています。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

 僕の本を読んでくださる方には本当に感謝しています。たぶん佐川恭一の読者を日常生活の中で発見することは稀でしょう。友人知人を除けば、僕の周りでは見たことがありません。多くの「本好き」が読んでいるのは東野圭吾や池井戸潤です。母も「しょうもないこと書いとらんと、陸王みたいなやつ書きなさい!」と言っています。そんな中で佐川恭一を選んで時間を割いてくださる方がいるというのは、奇跡に近いことです。

 大きな新人賞でデビューしたわけでもない私がこうして作家活動を続けていられるのは、ちょこちょこと発表したものがみなさんに受け入れられ、温かい応援の声をいただけていることによります。これからも書くことを楽しみながらいろんな作品を発表し、みなさんに喜んでいただけるよう頑張りたいと思っています。

 まず読む前から、本そのものに圧倒されました。装画、装幀がすごい。カバーの死神のインパクト。全ページの端が黒く、小口に驚く仕掛けがあり、文字や死神の目が金色に光っています。手にしているだけで面白いです。

 安月給の工場で働く男の話から始まり、現代の普通の(常識の範囲内の)物語かと思って読んでいると、序盤で想像を超えるような跳躍があります。あれ? と読み進めると、次の跳躍。次第に跳躍が激しくなり、日本を抜け、海外を抜け、いつのまにかとんでもないところに連れて行かれているのですが、薬に次第に耐性がつくように、強い作用があるはずなのに心地よく、私はいま何を読んでいるのだろう? という酩酊感がしてきます。

 誤解を恐れずに言えば、小学校のクラスで回し読みしていた、同級生の誰かが書いたぶっ飛んだ小説のようだと思いました。あの自由奔放さと面白さが溢れています。小学生が思いつきで書いた小説は、必ず破綻しますが、本作は京都大学を出た大人による構成力、描写力、妄想の緻密さで、破綻することなくラストまで書き切られています。社会的な制約や発想の問題で、大人には書けないはずの小学生のような小説が、感動的で示唆に富む物語として成立しているのですね。

 ふたたび本を眺めると、あちこちにドクロ。何でもありの楽しさ。帯に「不謹慎小説」とありますが、そもそも不謹慎とは何なのでしょう。常識を知らない子どもの方が、大人には驚くほど不謹慎だったりします。いろんなことを考えさせてくれる強烈な一冊でした。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

 こないだ電車で疲れて寝てたら、隣の人にツンツン起こされたんです。何かと思ったら、それがTWICEの誰かだったんですね。個々の名前を覚えてないんで誰かはわからなかったんですけど、絶対TWICEで。ちょっと状況が掴めなくてアワアワしてたら、「佐川恭一さんですよね? ファンなんです!」とか言われて。それでダムヤークか舞踏会か忘れたんですけどサインして、何かワーッと感想も言ってくれたんですけど、緊張して何も入ってきませんでした。ふつうに夢でしたけど、うれしかったですね。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

 佐川恭一が百万部売れる時代が来たらそれはあまり良い時代ではない、という感じの小説家だと思います。もちろん僕には楽しいでしょうが……

Q:おすすめの本を教えてください!

 小説以外でおすすめの本を三冊紹介したいと思います。

・『現代思想入門』(千葉雅也、講談社現代新書)

 最近出た千葉雅也さんの話題作です。現代思想の本はいくらか読んできましたが、体系的に学ぼうとしたことがないため知識があやふやな断片としてしか残っていないような状態でした。しかしこの本を読んで、それらがかなり整理されていくのを感じました。現代思想ってだいたい入門書も難しいのですが、これほど読者に寄り添ってくれる本は他にないでしょう。カントとラカンなんて別々に入門書をかじるようなことしかしてませんでしたが、この本でちゃんと繋がってくれました。あと、「ちょっとここは難しいなー」と思ったら「ここ難しいですよね、とりあえずざっと読むだけでいいですよ」とすかさずフォローまでしてくれます。すでにめちゃくちゃ売れてますが、僕からもオススメさせていただきます。

・『僕はロックなんか聴いてきた~ゴッホより普通にニルヴァーナが好き!~』(永野、リットーミュージック)

 永野さんは「ゴッホより普通にラッセンが好き」でブレイクしましたけど、これ結構すごいフレーズだなと思ってて。人が「普通に」絵を見たらラッセンのほうが綺麗だと感じるわけで、ゴッホを好きになるには受け手に一定の教養とか感受性が必要になる、ということがみんなわかってるじゃないですか。だからゴッホがいいとか、ゴッホがメジャーすぎるならマティスがいいとかカンディンスキーがいいとか、カッコつけて言ってる人も多いと思うんです。それを身も蓋もない言葉で表したのが永野さんのギャグで、お前らホンマにわかっとるんかいっていう、この刺し方は面白いなと思いました。その後たまたまテレビで見た「クワバタオハラ」のネタとかもすごいと思ってて。あるミュージシャンが苦労して上京して武道館ライブまでたどりついて感慨に耽ってたら、観客席にクワバタオハラを発見して、「もう台無しや」「クワバタオハラがおったら、そこはもう大阪や」とかキレ出すやつなんですけど。クワバタオハラのイメージありきの笑いではあるんですけど、固有名詞の力を最大限活かして爆発的な笑いを生む、強烈なネタだなと思いました。

 そんな永野さんが本を出されたということで、何の本かと思ったら音楽の本で。けっこう聴いたことのあるアーティストがたくさん載ってたんで買ってみたら、文章もすごく面白くて一気読みしました。かなり昔の話なんですけど、僕一回京大落ちて浪人してるんですね。浪人時代って周りでけっこうカップルができたりして、夏に花火大会とか行くやつらもいたんです。そんなん見てたらめちゃくちゃ腹立ちましてね。ほんとに腹立ちすぎて頭ブチキレそうだったんで、何かこの怒りを表現してくれる音楽がないかと思って見つけたのが、スリップノットとマリリンマンソンだったんです。浪人時代はニルヴァーナとかもちょっと聴いてたんですけど、まあほとんどスリップノットとマリリンマンソン聴いてました。カップルに模試で負けたらもう腹切るぞって感じで。駿台京都南校のロビーで腹切ったるって思って。ほんとにずっと勉強しかしてなくて恋人ができたこともない人間が模試でカップルに負けるって、マジでヤバいことなんですよ。それは死そのものなんです。そんなことで人生終わらんぞ、しかも模試やろ? みたいに思われるかもしれないんですけど、人生終わるんです。もちろん今当時の自分に会ったら「まあまあ、もっと気楽にいけよ」って言うと思うんですけど、あの負けたら人生終わるって感覚はまだ鮮明に思い出せますね。まあ当時ほとんどのカップルは僕に歯が立たなかったので大丈夫だったんですけど、一組だけ危ないのがいて。男の方がかなり頭よくて、ところ構わず彼女とイチャつきつつも僕に肉薄してきたんですよ。もう必死で毎日授業受けて自習室閉まるまで自習して、帰りの電車でも帰ってからも勉強して、それでギリギリ追撃を振り切ってる感じでした。で、秋ぐらいにそいつが別れて「ザマー!!」て思ったんですけど、それで何か気が抜けちゃったのか、だんだん自分の成績が下がりましたね。もちろんそのせいだけじゃなかったとは思いますけど。結局そいつは余裕で京大法学部に受かりました。なんかこの本読んで、そんなことを思い出しましたね。

・『混沌大陸パンゲア』(山野一、青林堂)

 今では絶版で手に入りにくいと思いますが、不謹慎本の極みです。はっきり言ってこの作品集は僕の倫理観を完全に超えており、決して自分で書こうとは思えないレベルの内容なのですが、こうした本が存在するということにどこか救いを感じる自分もいます。オススメしていいかどうかわかりませんが、唯一無二の読書体験を提供してくれることは間違いありません。

佐川恭一さん最新作『アドルムコ会全史』

『アドルムコ会全史』(佐川恭一) 代わりに読む人
 発売:2022年04月15日 価格:3,410円(税込)

著者プロフィール

佐川恭一 (サガワキョウイチ)

 滋賀県生まれ。京都大学文学部卒業。『踊る阿呆』で第二回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『サークルクラッシャー麻紀』、『受賞第一作』(破滅派、電子書籍)、『ダムヤーク』(RANGAI文庫)、『舞踏会』(書肆侃侃房)などがある。

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