聴覚障害を持つ両親の元に生まれ、自身の半生を綴った2冊の著書で注目を集めた五十嵐大さんが、はじめての小説作品『エフィラは泳ぎ出せない』を発表しました。

この作品で五十嵐さんは、これまでノンフィクション・ライターとしての活動の中でテーマとしてきた「社会的マイノリティ」の存在をモチーフとしながら、さらに一歩踏み込んだ、すべての人間が抱え持つ「弱さ」を、ミステリというエンタテインメントの形で描き出しています。

ライターデビュー、書籍デビュー、そして今回小説家として3度めのデビューを飾った五十嵐さんにお話を伺いました。

この作品は、人間が抱える弱さや欺瞞を暴いていく物語です

――今回の『エフィラは泳ぎ出せない』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

ある夏の日、主人公である小野寺衛のもとに「兄が自殺した」という一報が入ります。兄である聡は知的障害者で、衛は高校を卒業してから7年もの間、一度も会っていませんでした。ほんの少しの罪悪感とともに、衛は聡の葬儀に参列します。あとは火葬をするだけ。そのとき、衛は一枚の封筒を見つけます。それは存在しないと思われていた、聡からの遺書でした。しかし、どこか違和感がある。そこで衛は、聡の死に隠された真相を探る決意をします。

この作品は、人間が抱える弱さや欺瞞を暴いていく物語です。もしかすると、読んでいてつらくなってしまうかもしれません。それでも読み終えたとき、僅かな希望を見つけられるのではないか、と信じています。

――この作品が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。

きっかけは数年前に目にした、ひとつのニュースでした。知的障害のある男性が、自殺してしまったというのです。そのニュースを見たとき、現代社会に根深く残っている「差別」の存在を突き付けられたような気がして、ショックを受けました。

昔に比べると社会は遥かに進歩し、障害のある人をサポートするシステムもたくさん開発されています。それでも、いまだに生きづらさを感じている当事者がいる。それはぼくたち一人ひとりのなかに「差別心」「偏見」が残っているからです。だから、そんな現実を書こうと思いました。書かなければいけない、という使命感にも似た思いだったかもしれません。

それぞれのキャラクターがより濃く肉付けされていき、想定していたような動き方をしてくれなかった

――今回の作品のご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。

ミステリというジャンルで書くにあたって、綿密なプロットを立てて挑みました。でも、書き始めてみると、思った通りの展開にならないことに苦労しました。一文一文書いていくごとに、それぞれのキャラクターがより濃く肉付けされていき、プロットの時点で想定していたような動き方をしてくれなかったのです。

なので途中からはプロットを無視して、よりキャラクターが自然に見えるような展開に舵を切りました。結果として、作者であるぼく自身がびっくりするような流れも生まれ、あらためて小説の不思議さを感じました。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

本作に登場するキャラクターたちは、みんな、弱さを抱えています。ゆえに、意図せず傷つけあってしまう。そしてそれが、ひとつの事件を引き起こします。彼らのなかで一番悪いのは誰か。一番罪を背負っているのは誰か――。そういったことを考えながら読み進め、ラストシーンまで辿り着いたとき、「本当に悪かったのは誰だ?」と自分自身に問いかけてみてほしいです。また、よかったらぜひ、その答えも聞かせてもらいたいと思っています。

人間はとても多面的で、一側面だけで判断できるほど単純ではありません

――小説を書くうえで、いちばん大切にされたことをお教えください。

最も大切にしたのは、「人間の多面性」を描く、ということです。ぼくらはどうしても、属性で判断してしまいがち。だけど本当は、人間はとても多面的で、一側面だけで判断できるほど単純ではありません。その複雑さを描くことを意識しつつ、執筆しました。

小説には不思議な力があると信じています。世界を劇的に変えることはできないかもしれないけれど、この社会のどこか隅っこで泣いているたったひとりの人に届いて、その人の背中をさすってあげることができる。だからぼくは、今後もそういう作品が書ける小説家になりたいと思います。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

小説を読んでなにを感じるかは、読者の方々それぞれの自由です。そこに絶対的な正解も間違いもないと思います。だからまずは本作を読み、自由になにかを感じ取っていただきたいです。そしてそこで感じ取った「なにか」が、あなたの人生を少しでも豊かにするきっかけになったらうれしい。そのためにも、これからもコツコツ小説を書き続けていきます。次回作も進めているので、楽しみにしていてくださると幸いです!

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

近所にある老舗のお肉屋さんに通うようになり、店員のおばあちゃんと交流できるようになったことです。時折、「お兄ちゃん、サービスしといたからね!」と肉を多く入れてくれるやさしい人なんです。

Q:これからどのような小説家になりたいとお考えですか?

この社会のなかで「理不尽な痛み」を押し付けられている人たちに目を向け、苦しい現実をきちんと描き切る小説家になりたいです。そのためには決してハッピーエンドでなくてもいいと思っています。ぼく自身、そういうつらく苦しい作品に救われてきましたから。 

Q:おすすめの本を教えてください!

つめたいよるに』江國香織(新潮社)

詩的な表現で綴られた、江國さんの短編が詰まった一冊です。なかでも「デューク」が大好きすぎて、写経までしました。

『少年たちの終わらない夜』鷺沢萠(河出書房新社)

読み返すたびに、危うげで痛くて、閉塞感と解放感が両立していた少年時代を思い出します。いくつになっても手元に置いておきたい。

『寡黙な死骸 みだらな弔い』小川洋子(中央公論新社)

死の気配が漂いながらも、それがどこまでも幻想的に美しく描かれています。沈み込みたい夜に読むのがおすすめです。


五十嵐大さん最新作『エフィラは泳ぎ出せない』

『エフィラは泳ぎ出せない』(五十嵐大) 東京創元社
 発売:2022年08月31日 価格:1,980円(税込)

著者プロフィール

五十嵐大(イガラシ・ダイ)

1983年、宮城県出身。2015年よりフリーライターとして、社会的マイノリティをテーマとした取材、インタビューを中心に活動。2020年に自身の生い立ちを基としたノンフィクション『しくじり家族』で書籍デビュー。2021年には『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』を刊行。今回、本書にて小説家としてデビューを果たす。

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