シリーズ作品の楽しみと言えば、ストーリーはもちろんですが、巻を重ねることでキャラクターに生まれる「変化」があります。年齢的な成長や環境の変化によって、垣間見えてくるキャラクターたちの「人生」をより身近に感じ、物語への強い愛着が生まれてきます。
料理好きでのんびり屋の青年の、6年にわたる恋愛模様を描いた『総務課の播上君のお弁当 ひとくちもらえますか』(宝島社文庫)の主人公・播上君も、続編とともに大きな変化を迎えました。
新作『小料理屋の播上君のお弁当 皆さま召し上がれ』(宝島社文庫)では会社を辞め、実家に戻って小料理屋を継ぐために修行中の播上君。「お弁当男子」からプロの料理人へ――人生のパートナーとなった真琴と一緒に新たな道を歩き始めた播上君について、美味しそうなお手製のお弁当画像とともに、作者の森崎緩さんが語ってくださいました。
商品としてのお弁当を考えるのは初めてのことでしたから、メニュー構成には少し悩みました
――『小料理屋の播上君のお弁当 皆さま召し上がれ』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。
主人公の播上は、故郷の函館に帰ってきて二年目になる二十八歳の青年です。前作『総務課の播上君のお弁当 ひとくちもらえますか』の冒頭では二十二歳の新社会人でしたが、実家の小料理屋を継ぐために会社を辞め、故郷へ帰ることになりました。そんな彼が、趣味であり仕事にもなった料理の腕を活かしお弁当を作って売り出す、というお話です。
そんな播上には「メシ友」の清水という同期の友人がいたのですが、前作のラストで結婚しまして、今作では夫婦として二人三脚でお弁当作りに挑みます。前作とはがらりと変わった環境と人間関係の中で、二人がどんな日々を過ごすのかをご覧いただけたら、と思います。
――このシリーズを描こうと思われたきっかけを教えていただけますでしょうか。特に今作では播上がプロの料理人としてお弁当作りに向き合いますが、そのアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
一番初めに書いたお話はウェブサイトに載せた短編で、ヒロイン清水を主人公に、「料理が上手い同期にお弁当を作ってもらう」というストーリーでした。これを長編にしようと考えた時、私自身が普段お弁当を作っているのもあって、作ってもらう側よりも作る側を主人公にした方が書きやすいなと思ったことが『総務課の播上君のお弁当』を書く最初のきっかけです。
今作『小料理屋の播上君のお弁当』を書くにあたって、漠然と「続編を書くなら播上夫妻がお店で働く話かな」とは考えていたのですが、お弁当を作って売り出すお話というアイディアは編集さんからいただきました。私としてもお弁当は、播上たちを結びつけたきっかけでも、支えてきた大切な存在でもあると思っていたので、お弁当を活かした続編を書けたことをすごく幸せに思っています。
ただ自分や親しい人のためではない、商品としてのお弁当を考えるのは私にとっても初めてのことでしたから、メニュー構成には少し悩みました。逆に商品だからこそ、特産品や郷土料理を取り入れやすいというメリットもあったので、この点はいい収穫になりました。
二人の距離感が日を追うごとに変わっていくのを見届けていただけたら嬉しいです
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。
今作の舞台となる北海道函館市は私にとっても故郷で、人生の半分以上を過ごした街でもあるので、小説で書くのがすごく楽しかったです。故郷をジオラマにして「好きに遊んでいいよ」と言ってもらったような気持ちになって、播上夫妻をあちこち遊びに行かせたりしました。
――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。
食べ物が出てくるお話が好きな方に、特に読んでいただきたいです。私がそうなのですが、お話の中に料理が登場すると「どんな味がするんだろう」とか「どんな見た目なんだろう」とか、「どうやって作るんだろう」と考えたくなる人におすすめだと思います。
それと初々しい恋愛小説が好きな方にもおすすめです。前作ではずっと「メシ友」だった播上夫妻は、結婚してからもそのまま仲がいいですし、それでいてちょっとしたことでどぎまぎしてしまうような初心さでもあります。二人の距離感が日を追うごとに変わっていくのを見届けていただけたら嬉しいです。
あと今作はまるまる一冊函館が舞台なので、行ったことがない方には「行ってみたいな」、行ったことある方やお住まいの方には「函館ってこうだよね」って思っていただけたらなと……。
思い出のたった一ページに過ぎないような日常を書いているだけ、という自覚はあります
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
正直、未だに「私の作品はこうです」と説明できるほどの境地には辿りつけていないんです。壮大なテーマや多様な考え方を扱っているわけではなくて、人生を振り返った時、思い出のたった一ページに過ぎないような日常を書いているだけ、という自覚はあります。
だからこだわりというのも畏れ多いのですが、私は小説を書くのが好きで、今も楽しんで書いているので、読んでくださる方にもその楽しさを作品を通して伝えられたらいいなと思っています。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
お蔭様で、播上夫妻の新たな人生の一ページを書くことができました。彼らが故郷でどんな日々を過ごすのか、見届けていただけたら幸いに思います。どうぞよろしくお願いいたします!
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
Twitterで今作が出ることを報告したら、「待ってました」と言ってくださった方がいたことです。本当に嬉しかったです。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
小説家としては未熟で、至らないところだらけだなと本を出す度に痛感しています。でもいい方に言い換えれば、まだまだ伸びしろがある小説家だとも思っています。読んでくださる方に「最新刊が一番面白いな」と、いつも成長を感じていただけるようになりたいです。
Q:おすすめの本を教えてください!
『シラノ・ド・ベルジュラック』エドモン・ロスタン(光文社)
初めて読んだのは小学生の時で、そちらは岩崎書店の「ジュニア版世界の文学」に収められていた小説だったと記憶しています。こちらは戯曲で、訳がとても美しいので好きです。
大人になってから読み返すと、詩人シラノと才媛ロクサーヌに挟まれたクリスチャンの絶望もよくわかってしまって切なくなります。
子供の頃は海外文学を読むのが好きで、見知らぬ食べ物が登場する度にノートにメモを取り、味や見た目を想像していました。アマンド風味のタルトレット、プティ・シュー、トリュフ入りの孔雀、アンジェリカのパイ……場面ごとに登場する食べ物が、味もわからないのに美味しそうで印象深かったです。
『星の王子さま』サン=テグジュペリ(新潮社)
こちらも小学生時代に読みました。子供の頃は王子さまに感情移入して、わくわくする冒険譚みたいに読んでいたのを覚えています。「僕」と王子さまが遂に井戸を見つけて水を飲むシーンが好きで、どうにかその気分を再現できないかとぎりぎりまで水を飲むのを我慢しては、桶に見立てたジョッキで水を飲む……というごっこ遊びをしていました。
『夏への扉』ロバート・A・ハインライン(早川書房)
私は猫を飼ったことがないので、この本を読んで猫との生活に憧れました。
古い作品の中で描かれた未来を読むのは楽しいです。未来にもちゃんとコーヒーやタバコがある一方、「地方風焼きイースト」はなんのことか想像がつかなくて今でもいろいろ考えています。今やご家庭にはお掃除ロボットがいて、レストランには給仕ロボットがいますから、近い未来はやって来ているのかもしれないです。
森崎緩さん最新作『小料理屋の播上君のお弁当 皆さま召し上がれ』
発売:2022年09月06日 価格:750円(税込)
著者プロフィール
森崎緩(モリサキ・ユルカ)
北海道函館市出身。2010年『懸想する殿下の溜息』でデビュー。2018年「ランチからディナーまで六年」が「第6回ネット小説大賞」を受賞し、2021年に『総務課の播上君のお弁当 ひとくちもらえますか?』として書籍化。同年にはシリーズ作品となる『総務課の渋澤君のお弁当 ひとくち召し上がれ』も発表。その他の著書に『幽谷町の気まぐれな雷獣』『隣の席の佐藤さん』(「第6回ネット小説大賞」同時受賞作)がある。