世の中の「都合」は常に大人が作り、子供たちははそれに振り回され続けます。だから社会に倦み疲弊する大人が増えることで、その煽りをまっさきに受けるのも子供たちではないでしょうか。

発売されたばかりの丸山正樹さんの最新作『キッズ・アー・オールライト The Kids Are Alright』は、そういう大人たちが生み出してしまった歪みの中で生きざるを得なかった子供たちの物語です。

生まれ落ちた境遇、たどり着いた環境。自分の力ではどうにもならない状況に置かれ、声なき叫びをあげる子供たちに、差し伸べられる手はあるのか。彼らはもう一度「未来」を語ることができるのか。

現代社会で「見えない存在」とされがちな彼らの声を掬い上げ、エンターテインメント小説として描き出した丸山さんにお話を伺いました。

どちらか一つを選べず、「日本で暮らす子供の問題」として一つの小説として描けないか

――『キッズ・アー・オールライト  The Kids Are Alright』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

ひとことで言えば「社会派エンターテインメント」ということになるのでしょうか。

子供の人権救済活動に関わっているNPOを舞台に、一人で祖母のケアを担うヤングケアラーの高校生の女の子、同じ境遇の仲間とストリートで暮らす日系ブラジル人の少年、などが抱える困難や悲しみを描いています。

といっても堅苦しいものではなく、ストリートチルドレンの元締め的存在の「シバリ」という若者や、以前は自らも援助交際をしていて今は少女たちの相談にのっている「うさこ」という二十歳の女性の活躍を中心に、活劇や笑えるような場面も交えて描いたつもりです。

物語の中で登場人物が感じること、発見すること、行動することが、自然とメッセージになっていくのかな、と思います。作中のシバリのセリフに、「血はもうとっくに入れ替わった 今の俺は細胞から全部俺のもんだ」というものがあります。最近は「親ガチャ」という言葉に代表されるように「生まれた時に人生決まってる」「底辺に生まれた子供は死ぬまで底辺」というような考えが根強いですが、そういう価値観に抗いたいという気持ちを、主人公たちを通じて描きたいと思いました。

また、小説の最後の方で「今だけじゃなく将来も奪われている子供たち」という表現が出てきますが、そういう子供たちの「将来」や「未来」を取り戻したい、という思い。書き終えた時、この小説はそういうテーマの物語だったのだな、と感じました。

――本作を描こうとされたきっかけを教えていただけますでしょうか。

ヤングケアラーに関しては、私の代表作と言われている〈デフ・ヴォイスシリーズ〉の主人公・荒井が「コーダ」という「聴こえない親のもとに生まれた聴こえる子供」なのですが、「コーダもまたヤングケアラーなのでは」という指摘を同作を書いた直後からもらっていて、「子供の頃から親の代わりを担ったり、家族のケアをしたり」という人たちの複雑な心理については思いを寄せていました。コーダとは違うヤングケアラーについて別の機会に書きたい、と思っていました。

外国人の子供については、これもだいぶ以前から技能実習生や入管の問題をキッカケとして、外国人の人権の問題に関心を持ちました。その時に、在日外国人についてはさまざまに語られていますが、「その子供」についてはあまり言及されていないのではないか、という思いを抱きました。

どちらか一つを選べず、「日本で暮らす子供の問題」として一つの小説として描けないか。そう考えた時、6年ぐらい前に書いた『漂う子』という小説で「子供の家」というNPOを描いたことを思い出しました。『漂う子』の本筋は「居所不明児童」という、主に親の勝手で連れ回され行方が分からなくなってしまう子供の存在、そうなってしまった一人の少女を主人公が探すという話なのですが、その過程でこのNPOが出てきます。子供の人権に関する問題に時には過激な手法で関わっていく組織なので、この2つの問題を同時に扱ってもおかしくないんじゃないか、と。NPOの主催者である河原という大人だけでなく、同作に出ていたシバリやうさこを再登場させて、ヤングケアラーである少女や外国人の子供と関わらせれば、二人はきっと彼らの痛みが分かるはず、上からでなく子供と同じような「低い目線」からこれらの問題に関われるのではないか、と考えたのが始まりです。

え、繋がらないといけないのか、と困りました

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。

ヤングケアラーと在日外国人の子供の問題を並行して描いていこうと構想した時には、この2つは別に無理に結びつかなくてもいいだろうと思っていたのですが、書き出す前に担当編集者から「この2つの話がどう結びついていくのか楽しみです」と言われてしまい、え、繋がらないといけないのか、と困りました。それは書いていくうちに何とかなるだろ、と思って書き始め、結果的にはまあ何とかなったのではないかと思いますが、連載の最初の頃はどう結びつくか自分でも分からずに書いているので、単行本化にあたって伏線になるようなことをそっと書き加えたりもしています(笑)。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

今までにない活劇場面など、エンターテインメント色は従来の作品より強くなっていると思うので、そういう作品が好きな方にも手に取ってもらえれば嬉しいです。一方、今まで決して「幸せ」とは言えない生活を送っていたうさこが、真澄という少女の相談相手になることで、自分自身にも前向きに向き合えるようになる、というシーンなどは、私の過去作と共通するものがあると思うので、今までのファンの方にも楽しんでもらえるのではと思います。

理不尽だなあ、と憤りを覚えると、「書きたい」「このことを多くの人にも知ってほしい」というモチベーションとなります

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

私はよく社会的弱者やマイノリティばかりを描くと言われるのですが、自分としては特にそう決めているわけではありません。ただ、日ごろ生活している中で触れる出来事、社会的なニュースなどの中で、理不尽だなあ、と憤りを覚えると、「書きたい」「このことを多くの人にも知ってほしい」というモチベーションとなります。それは大抵、「困難な状況にあるのに周囲に理解されない、誰もそのことを知らない、知ろうとしない」という出来事だったりするので、それが「見えない存在を描く」ということに繋がっているのかもしれません。誰もが知っていることや他の人も言及していることだったらわざわざ自分が書くまでもないかなあ、と。書くということはかなりのエネルギーがいること、本当に大変なことなので、書くのであれば誰も書いていないことを書きたい、と思っています。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

こちらのサイトを見ている方には今さらの話ですが、小説に限らず、「本」を読むことは間違いなく世界を広げます。世界にはいろいろな人がいて、さまざまな価値観がある。どんな生き方を選ぶにせよ、そういうことを一つでも多く知ることは、人生を豊かにすると思います。私もそう思って本を読んできて、今は「書く」側に回っているわけですが、かつての自分がそうだったように、読む人の価値観を揺さぶるような作品が書けたらいいなあ、と思っています。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

やっぱり自分の書いた小説が世に出て、書店員さんや読者の皆さんから「良かった」「面白かった」という感想をいただくのが一番嬉しいですね。それと、個人的にはメジャーリーグのエンゼルスの大谷選手の大ファンなので、今シーズンも大谷くんが大活躍しているのが嬉しく、執筆の励みにもなっています。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

選ぶ題材は比較的重いものが多いのですが、小説を書くまでは(売れない)シナリオライターをしていたこともあり、意外とサービス精神に富んだところもあるのではないかと自分では思っています。いつも、精一杯「面白い作品を」と思って書いていますので、あまり構えず、気軽に手に取ってもらえればと思います。

Q:おすすめの本を教えてください!

おススメの本や好きな小説は山とあって選ぶのが難しいので、今年になって読んだ本の中から。

『現代生活独習ノート』津村記久子(講談社)

「新刊が出ると必ず買って読む」作家さんのうちの一人で、今まで出ている本はすべて読んでいると思います。最新作がこの短編集なのですが、どの短編も今までの津村さんの作品同様、さりげない言葉で大切なことが書かれていて、心の奥深くまで響いてきます。

『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀(KADOKAWA)

佐藤さんも、「新刊が出ると必ず買って読む」作家さんのうちの一人です。本作ではとにかくヤネケという女性の造形が素晴らしいのですが、そのヤネケを主人公とせず、きょうだい同然に育ったヤンという男性の視点で描いたことで、ヤネケの魅力がより深く伝わるだけでなく、男女差別やミソジニーなどについても客観的に描くことができたのではないかと思います。舞台は18世紀のベルギーなのでとっつきにくいかもしれませんが、決して小難しい小説ではなく、完全なエンターテインメント作品になっているので安心してお読みください。

『ミシンと金魚』永井みみ(集英社)

第45回すばる文学賞受賞作で著者のデビュー作です。私も介護施設を舞台にした『ウェルカム・ホーム!』(幻冬舎)という小説を書いたので、関心があって読んだのですが、認知症の老女である主人公の語りに圧倒されました。ジャンルとしては純文学になりますが、大変「面白い」作品ですので是非一読をおススメします。


丸山正樹さん最新作
『キッズ・アー・オールライト  The Kids Are Alright』

『キッズ・アー・オールライト The Kids Are Alright』(丸山正樹) 朝日新聞出版
 発売:2022年09月07日 価格:1,760円(税込)

著者プロフィール

著者近影(©高橋奈緒/朝日新聞出版)

丸山正樹(マルヤマ・マサキ)

1961年、東京都出身。フリーランスのシナリオライターとして活動する中、2011年に『デフ・ヴォイス』で小説家デビュー。シリーズ化されている同作のほか、著書には『漂う子』『刑事何森  孤高の相貌』、「読書メーター OF THE YEAR 2021」を受賞した『ワンダフル・ライフ』、また近著にははじめて上梓した児童書『水まきジイサンと図書館の王女さま』や、『ウェルカム・ホーム!』『わたしのいないテーブルで  デフ・ヴォイス』などがある。

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