人の住みやすい平地が国土の約3割と、あまり住環境に恵まれているとは言えない日本で快適な住宅を求めれば、上へ上へと伸びていくしかありませんでした。特に人口が集中しがちな都市部ではアパート、団地、マンションといった集合住宅がどんどん増え、1997年の建築基準法改正によるさまざまな規制の緩和以降は、50階をも超える「タワーマンション」と呼ばれる超高層住宅が出現したのです。天空にそびえる威容はいまや「成功の象徴」であり、そこに住むことは「目に見える幸せの形」と思われることも多いでしょう。

しかし実際にそこに住む人々が、本当に幸せを手に入れたのかと言えば、どうやら必ずしもそうとは言い切れないようです。

思わず笑ってしまうようなタワマンならではの不便さから、一見、等しく華やかに見える住人たちの複雑で根深い人間関係まで、「タワマンの中に渦巻くもの」を描き、Twitter上で話題を集める「タワマン文学」。その先駆者である「窓際三等兵」氏が、筆名を外山薫さんと改め、書き下ろし長編小説『息が詰まるようなこの場所で』を刊行されたと聞き、さっそくお話を伺ってみました!

昔はもっと自由だったはずなのに、気がつけば住宅ローンや教育費に手足を縛られている

――今回の『息が詰まるようなこの場所で』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

湾岸のタワマンを舞台に、そこに住む銀行員夫婦の子育てや中学受験、高層階に住む裕福な医師家庭との格差といった現実と息苦しさを感じる日常を描いた群像劇です。良い大学を出て有名な企業に入り、年収1000万円を超えるような、一般的に世間で「勝ち組」とみられている人たちの等身大の姿を描こうと思いました。

――この作品が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。

いつからか、大学時代の同級生や会社の同僚と飲むと、毎回不動産や子供の教育が話題の中心になっていることに気が付きました。昔はもっと自由だったはずなのに、気がつけば住宅ローンや教育費に手足を縛られている。金銭的に豊かになったはずなのに、全然実感がわかない。そんなエリートの哀愁をTwitterで小説形式で書いたらバズるようになり、出版のお声がけを頂きました。

本当に大切なものは何なのか、といった普遍的な価値観について考える内容にしたつもりです

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、作品制作時のエピソードをお聞かせください。

自由に書いて良いという編集者のお言葉に甘え、好き放題にやらせて頂いたので、楽しかったです。4部構成の群像劇を書いたのですが、章ごとにキャラクターが変わるため、書き手としてのキャラクターを切り替えるのに最初は慣れませんでした。Twitterでは「刺さる」文章を書こうと意識していますが、書籍では逆にサラサラ読めるような文章を書くように気をつけました。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

子育て中のお父さんやお母さん、これから子育てを考えているような人たちに是非読んでいただきたいです。日々の暮らしに追われ、心が摩耗していく中で、本当に大切なものは何なのか。そんな普遍的な価値観について考える内容にしたつもりです。東京を舞台にしていますが、地方出身者も登場します。地元に残った人からの感想も聞いてみたいなと思っています。

大掛かりなミステリーや壮大な歴史ドラマでなくても、小さな共感を得ることができるような小説を書きたい

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

何気ない日常の暮らしに潜む小さな違和感を丁寧に拾うようにしています。また、執筆に当たり実際に取材をして、様々な立場の人の視点や知識を取り込むよう心がけています。大掛かりなミステリーや壮大な歴史ドラマでなくても、小さな共感を得ることができるような小説を書きたいと考えています。そういう意味で、「あんなの、誰でも書けるじゃん」というのは褒め言葉だと思っています。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

資本主義社会では上を見てもきりがありません。有名企業に勤めたら勝ち、タワマンに住んだら勝ちという価値観から脱却して、日々の生活の中でささやかな幸せをみつけ、それを大切にした方が人生の満足度は高まると思います。その上で、フィクションとしての小説が皆さんの暮らしのスパイスになればこれほど嬉しいことはありません。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

KADOKAWAの本社で段ボールに詰め込まれた自分の本を見た時、作家になるという、自分でも忘れていたような昔の夢を叶えることができたと実感がわきました。社会の歯車としてすり減っていく中で消えていった夢をこういう形で実現でき、感無量です。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

伊坂幸太郎先生や森見登美彦先生のような大御所の小説家と張り合おうとはこれっぽっちも考えておらず、私のライバルはTwitterでおすすめされてつい買いたくなるような、コンビニのスイーツやニトリで売ってる便利グッズだと思っています。普段小説を読む余裕もないけど、Twitterはついつい見てしまう。これからもそんな人に物語を届けていきたいと思います。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『狭小邸宅』新庄耕(集英社)

現代におけるプロレタリア文学の金字塔。働くことが辛くなった時に読んで背筋をシャキっと伸ばしています。

■『有頂天家族』森見登美彦(幻冬舎)

京都という街を舞台に、誰にも真似のできない世界観を出しているという点で唯一無二の作品。

■『翼の翼』朝比奈あすか(光文社)

中学受験をとりまく親の狂気と愛情。受験小説の最高峰だと思っています。


外山薫さんデビュー作『息が詰まるようなこの場所で』

『息が詰まるようなこの場所で』(外山薫) KADOKAWA
 発売:2023年01月30日 価格:1,650円(税込)

著者プロフィール

画:モカタナカ

外山薫(トヤマ・カオル)

1985年生まれ。「窓際三等兵」名義で、Twitter上で数々の「タワマン文学」を発表。それを下敷きに初の長編小説として全編書き下ろした本書でデビュー。

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