2013年に現役弁護士作家としてデビューし、ミステリやホラー作品を中心に精力的に作品を発表し続けている織守きょうやさん。執筆活動により注力をはじめた2021年には、その衝撃的な結末で読んだ者すべてを戦慄させた『花束は毒』でさっそく話題をさらい、新作が出るたびに注目を集める作家のおひとりとなっています。

その織守さんが最新作『キスに煙』で描いているのは「男子フィギュアスケート」の世界です。

引退した元人気スケーターの塩澤と、彼と競い合い、いまなお現役トップスケーターとして君臨する志藤。氷上で互いのすべてを懸けて戦ったからこそ、ふたりの間に通じたある特別な想い。しかし塩澤と志藤それぞれに対して「因縁」を持つ、元トップスケーター・ミラーの謎の転落死が波紋を生むことに。秘めた恋心と芽生えてしまった疑念の行方は……。

新境地となる新作を刊行したばかりの織守さんにお話を伺ってみました。

似たようなものを書いても意味がないので、別の方向からの驚きがあるものを、と思いました

――今回の『キスに煙』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

恋と才能の物語を書こう、そして、『花束は毒』とは異なる反転を書きたい、という思いで書いた作品です。

恋という言葉は、執着と置き換えてもいいかもしれません。

概要を言うと、二人の(元)天才フィギュアスケーターの関係性を描いた小説です。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

きっかけは、冒頭のシーンを思いついたことです。ネタバレになるので詳しくは言えませんが……。

幸せなことに、『花束は毒』をたくさんの方に読んでいただけたので、全然違う話ではあるけれども、『花束は毒』を読んだ方にこそ驚いてもらえるようなものを書けたらいいなという考えもありました。そのうえで、似たようなものを書いても意味がないので、別の方向からの驚きがあるものを、と思いました。

登場人物たちがフィギュアスケーターになったのは、これが才能の物語であることと、登場人物たちは才能があり、プライドを持ち、アスリートでもあり、かつ、一種芸能人のように扱われることもあるという立場にする必要があったため、そうなりました。

二人は同性ですが、男性同士のというより、才能のある者同士の関係を書いたつもりです

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

当初の構想以上に、「才能についての物語」になったと感じています。書いているうちに自然にそうなりました。最終章、「落下」は一度原稿を書き上げた後、二稿か三稿の段階で足したのですが、結果的にぐっとテーマがはっきりしたように思います。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

読みどころは大きく分けて二つ、不穏な冒頭シーンからさかのぼって描かれる物語が、どうつながって収束するかと、二人の天才フィギュアスケーターの関係性でしょうか。そう聞いて興味を持たれた方には楽しんでいただけるのではないかと思います。

登場人物の一人、塩澤は引退した元フィギュアスケーターで、現役時代にライバルだった志藤に対して恋愛感情を抱いていますが、それを一生隠し通す覚悟で友人としてつきあっています。二人は同性ですが、男性同士のというより、才能のある者同士の関係を書いたつもりです。

二人の関係性が様々な出来事、事件を通して、どう変化するか、あるいはしないのか。

そして、読み終えたとき、その「裏側」にも気づいてはっとしていただけたら嬉しいです。

おもしろければなんでもいいと思っていますが、なかなかそこまで振り切れないので……

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

端的に言うと、おもしろければなんでもいいと思っていますが、なかなかそこまで振り切れないので……。

物語の仕組みとしては、仕掛けとそれにともなう感情の動き(多くの場合は、驚き)があるように書きたいというのと、短い話でも、読者が感情移入できるよう、人の感情や関係を書きたいと思っています。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

『キスに煙』はこれまで書いたことのないような話になりましたが、私らしさはあると思います。むしろフルスロットルかもしれません。関係性にフォーカスして一冊書き下ろすのは初めてでしたが、楽しかったですし、おもしろいものが書けました。

いつも読んでくださっている方にも、初めての方にも、楽しんでいただけたら嬉しいです。

ジャンルが違ってもおもしろいものを、これからも書き続けていきたいです。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

コロナ明けで久しぶりに開催されたパーティーで、ドレスを誉められたこと。

サイン会で、読者の方々がご自分のおすすめのおいしいものを差し入れてくださったこと。

文芸とは無関係の媒体から取材が来たこと。珍しいので……。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

ひっくり返したりずらしたりするのも好きですが、同時に、関係性書きの小説家でもあるかもしれない……。

あとは、依頼されたものを、求めに応じて書けるので、割と職人っぽいと思いますが、天才肌の芸術家タイプには憧れます。

Q:おすすめの本を教えてください!

いっぱいありますが、最近読んでおもしろかったのは、

■『寝煙草の危険』マリアーナ・エンリケス(国書刊行会)

スペインの「ホラー・プリンセス」エンリケスによる、ゴシックな短編集。 装丁に惹かれて手にとりましたが、とにかく文章が美しい……。そしてちゃんと怖い。

■『地雷グリコ』青崎有吾(KADOKAWA)

高校生たちが何かを賭けて、オリジナルのゲームで頭脳戦を繰り広げる連作短編集。ごく最近刊行されて読みましたが、ルールも展開もわくわくして、とにかくおもしろい。青崎有吾の趣味と魅力が全開。

■『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』キム・リゲット(早川書房)

女性だけの「危険な魔力」を封じるため、少女たちは16歳になると村を追放され、森の奥のキャンプで一年過ごさなければならない掟のある村。掟に疑問と不満を持つ少女ティアニー。何気なく読んでみたらとんでもなくおもしろかった。風刺がきいていて、考えさせられ、かつエンタメとしてもよくできている。この世界観で、投げっぱなしにならない、かつご都合主義でもないエンディングもいい。


織守きょうやさん最新作『キスに煙』

『キスに煙』(織守きょうや) 文藝春秋
 発売:2024年01月25日 価格:1,870円(税込)

著者プロフィール

織守きょうや(オリガミ・キョウヤ)

1980年、英・ロンドン生まれ。2012年に「第14回講談社BOX新人賞Powers」を受賞し、翌2013年に受賞作『霊感検定』でデビュー。また2015年には「京谷」名義の『記憶屋』が「第22回日本ホラー小説大賞」読者賞を受賞。シリーズ化された同作は60万部を突破するヒット作となり、2020年には実写映画化も行われた。2021年には『花束は毒』で「第5回未来屋小説大賞」を受賞。その他の著書に「恋する吸血種」シリーズ、『少女は鳥籠で眠らない』(単行本時タイトル『黒野葉月は鳥籠で眠らない』)からはじまる弁護士の木村と高塚が活躍するリーガル・ミステリシリーズ、「ただし、無音に限り」シリーズ、『リーガルーキーズ!―半熟法律家の事件簿―』(単行本時タイトル『朝焼けにファンファーレ』)、『幻視者の曇り空 ―― cloudy days of Mr.Visionary』『学園の魔王様と村人Aの事件簿』、近著に『隣人を疑うなかれ』『彼女はそこにいる』『英国の幽霊城ミステリー』(エッセイ集)などがある。

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