どんなに科学技術が進歩しても、変わらずに子供たちの心を捕らえる「おまじない」。スマートフォンを持ち、AIと対話し、ヘッドギアの向こうの異空間を楽しむのが当たり前となった現代の子供たちでさえも、ふとしたときに縋りたくなる神秘――「おまじない」にはそんな妖しい魅力があるのでしょう。
霜月透子さんの単著デビュー作となるこの『祈願成就』は、かつて遊びのつもりで行ったそんな「おまじないの儀式」に、大人になったいま脅かされる4人の男女の物語です。
事故死した郁美の葬儀で久々に顔を合わせたかつての幼馴染みたち。それぞれが願いを叶えるおまじないの儀式を郁美とともに行った経験を持つ4人は、彼女の死を境に不穏に苛まれることになります。やがてそれは災厄となって4人に襲いかかり――!
無邪気な遊びの裏に潜んでいた恐怖を描くオカルトホラーを発売したばかりの霜月さんに、お話を伺いました。
「怖い話じゃないのになんか怖い」とか「文章の湿度が高くて怖い」などと言われることが多く、ならばいっそのことちゃんと怖い話のつもりで書いてみようと……
――今回の『祈願成就』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
大人になった幼馴染みが次々と不幸に見舞われる話です。
凄惨な亡くなり方をした郁美の葬儀をきっかけに、残る四人が再会します。それぞれ平穏な日々を送っていたはずが、郁美の死から連鎖するように四人にも思わぬ災難が降りかかるようになります。思い当たることがあるとすれば、ただひとつ。子供の頃に秘密基地で行ったおまじないの儀式。儀式とはいっても、それは子供の遊びのはずでした。それがなぜこんなことに――。
絶望に満ちたオカルトホラーです。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
短編やショートショートばかり書いていたので、長編も書いてみようと思ったのがきっかけです。その中でホラーというジャンルを選んだのは、創作仲間からもらった感想の影響が大きいです。特にホラーを書いているつもりはなくても「怖い話じゃないのになんか怖い」とか「文章の湿度が高くて怖い」などと言われることが多く、ならばいっそのことちゃんと怖い話のつもりで書いてみよう、と思いました。
受賞の連絡をいただいたときは、こぶしを突き上げて喜んだのちに、なにかの詐欺ではないかと本気で疑ったりもしました
――これまでWEBや多数の投稿受賞、アンソロジーへの参加などで作品を発表されてきていますが、今回初めての単著書籍としての刊行についてお気持ちをお聞かせください。
『祈願成就』は創作大賞2023(note主催)の恋愛小説部門に応募し、新潮文庫nex賞を受賞したのですが、実は自信はありませんでした。作品そのものに自信がないというより、結果に期待していなかったと言った方が近いかもしれません。
応募ジャンルについては厳密でなくてもよいということでしたが、それにしてもあまりにも恋愛要素は少なく、書籍化に向けた改稿前でも明らかにホラー小説でした。それもそのはずで、『祈願成就』はもともとホラー小説を書こうと思い立って書いたもので、note創作大賞用に書き下ろしたものではなかったのです。ですから、受賞の連絡をいただいたときは、こぶしを突き上げて喜んだのちに、なにかの詐欺ではないかと本気で疑ったりもしました。
けれども恋愛小説部門なのにホラー小説を選んでくださったくらいなのだから、この小説はおもしろいに違いないと信じて改稿作業に没頭できました。
わかってはいたつもりでしたが、本づくりは思っていた以上にチームでつくり上げていくものだと実感しました。そして、それこそが私のやりたかったことなのだとも気づきました。
今はとてもやる気に満ちていて、「100歳まで楽しく書き続けるんだ!」と言っては友人に笑われています。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
まずは、やはりホラー小説が好きな方。あとは、日常に起こる少し不思議な話が好きな方、でしょうか。不思議な出来事がどんなものかによって、ファンタジーになったり、オカルトになったりするのだと思います。ですから、怖い話に抵抗がない方で少し不思議な話が好きな方にもお読みいただけたら嬉しいです。
それと、私は、立場や視点が変われば見え方が異なることをとても興味深く思っていて、『祈願成就』にもその要素が含まれています。善意のつもりが相手にとってはそうではなかったり、逆に特になにもしていないのに誰かの救いになっていたり。そのあたりの人間関係もお楽しみいただけますとさらに嬉しいです。
小説は、音も映像もない文章だけの表現だからこそ、個々の差が生まれるところが好きです
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
私が書く小説は、誰かに読まれて初めて完成すると思っています。ですから、読者の数だけ少しずつ異なる小説になるはずです。きっと私の中で思い描く完成形とぴったり同じものはないと思います。それでいい……というより、それだからおもしろいと感じます。小説は、音も映像もない文章だけの表現だからこそ、個々の差が生まれるところが好きです。
ただ、その差を縮めたくないわけではありません。私がおもしろいと感じるものを少しでもありのままに伝えたくて、言葉を選びつつ文章を綴っています。ひとりひとり異なることが当然だからこそ、同じ音を聞き、風景を見て、共感できたなら、それはとても貴重な体験になる気がします。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
『祈願成就』には全力で恐怖を詰め込みました。カバーや帯が怖すぎるとの声をたくさんいただいていますが、中身もそれにふさわしいものになっていると思います。みなさまの悲鳴が聞こえるのを楽しみにしております。
今回は恐怖をお届けすることになりましたが、これからも、お読みくださった方になにかしらの感情が生まれ、心が動く物語を紡いでいきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
『祈願成就』が無事に本の形になったこと。そして、そのことを我がことのように喜んでくれる人たちがいること。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思いますか?
「読者がいるから書ける小説家」だと思います。
誰にも読ませることのない小説を書くという方が少なからずいらっしゃいます。書かずにはいられないという方がいらっしゃいます。とても憧れます。
残念ながら、私はそうではありません。書くことは大好きですが、自分のためだけに書いたことはないですし、これからもないと思います。日記でさえ人に読ませるタイプです。
私は天性の物書きではないのかもしれません。けれども、一人でも読んでくれる人がいるのなら、全力で書きます。書きたいです。
Q:おすすめの本を教えてください!
私の読書歴でホラー小説のチェックポイントとなった本を紹介いたします。その小説を読む前と後ではホラー小説への興味の度合いが激変した3冊です。
■『屍鬼』小野不由美(新潮社)
■『夜市』恒川光太郎(KADOKAWA)
■『ぼぎわんが、来る』澤村伊智(KADOKAWA)
霜月透子さんデビュー作『祈願成就』
発売:2024年05月29日 価格:693円(税込)
著者プロフィール
霜月透子(シモツキ・トオコ)
神奈川県生まれ。『夢三十夜』、「5分後に意外な結末」シリーズ、電子書籍「カプセルストーリー」シリーズなどアンソロジーへの多数の作品提供を経て、昨年の「創作大賞2023」にて新潮文庫nex賞を受賞した本作を初の単著書籍として上梓。