直木賞作家、西加奈子さんによる五年ぶりの長編小説。

 貧困や差別や虐待などの社会問題の中で生きる人たち、そしてそのような人たちの状況を「自己責任」という言葉で責める世の中、そこでどのように生きるのがよいのか、あらゆることが書かれています。

 作品を書かれた経緯や思いについて、西加奈子さんにお話をお聞きしました。

『夜が明ける』書影

「自己責任」という言葉の鋭利さ

 これから本書を読む方へ向けて、内容をお伝えいただけますでしょうか。

 日本における若者の貧困、「自分が選んだ人生なのだから自己責任だ」という言葉の鋭利さ、「ほかの人に比べたらマシだろう」などという考え方でなかったことにされてしまう苦しみ、について書きました。

 このような物語を描こうとされたきっかけを教えてください。

「自己責任」という言葉を聞くようになった十数年前から、その言葉が年々誰かを傷つけるための鋭利なツールになってきていることを書きたいと思っていました。

 そんな中、直木賞受賞後に友人たちが連れて行ってくれたモノマネパブで見た「誰かに似ている人」という存在から、「自分以外の誰かにどうしてもなりたい、ならなければいけない人」のイメージが膨らんできました。

 それらがいつの間にか混ざり、一つの物語となってゆきました。

自身や他者の苦しみをなかったことにする人

 執筆にあたって、苦労した部分、執筆時のエピソードがございましたらお聞かせください。

 苦労、と言うのは傲慢ですが、自分が貧困当事者ではないこと、虐待当事者ではないこと、なのにこの物語を書いていいのか、という葛藤は最後までありました。

 結果作家としてのエゴが勝って書いたわけですが、「当事者ではない自分が物語を書くこと」について、今後作家として一生考えていかなければならないと思います。

 執筆中にカナダに来たのですが、出会った人に「日本の貧困について書いている」と言うと、そもそも日本に貧困があることすら知らない人が多く、またあったとしても「でも、ご飯は食べられるんですよね?」というように、絶対的貧困にある国と比較されることがありました。

 日本国内でも、「もっと頑張っている人がいる」「もっと辛い状況がある」と、自身や他者の苦しみをなかったことにする人がいます。それは絶対に違うと思って、物語に反映させました。

 また、可視化される差別や虐待がある時、その背後には、社会的により弱い存在への差別、虐待があります。物語に登場する人物や出来事だけではなく、その背後で、見えないところで何が起こっているのか、出来うる限り思考して書きました。

世界をどう変えてゆくのか、を考えてもらえるきっかけになれば

 どのような方におすすめでしょうか? これまでの作品ととくに異なる点を教えてください。

 私の作品の中では珍しく、ハッピーエンドと言えないラストだと思います。もちろん私も当事者として考え続けますが、物語を読んでいる方に今後、この世界がどうなってゆくのか、自分がこの世界をどう変えてゆくのか、を考えてもらえるきっかけになれば、こんなに嬉しいことはありません。

 小説を書くうえで、大切にされていることを教えてください。

 正直に書くことです。小説はフィクションなので、いわゆる「嘘を書いている」わけですが、「嘘をついている」という感覚はありません。

 読者の方へメッセージをお願いします。

 全身全霊を込めて書きました。読んでいただけたら本当に幸せです。

西加奈子さんが描かれたフィンランドの森のイラスト

 貧困という暗い闇の中で、夜明けを願って抗い続けるという姿勢と、後半で登場する森という人物が「俺」に語る言葉が特に心に残りました。感動しました。

 途中で目を背けたくなるほど辛い気持ちになりましたが、物語の力で希望が持てるところまで導いてくれました。読み終えて、社会を構成するひとりとして、しっかり生きようという気持ちになりました。

 ひとりでも多くの人に読まれ、意識や行動が変わって、世の中が明るくなることを願っています。


Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

 日々嬉しいです。海沿いを走っていると、海の美しさに息を飲みますし、友達が作ってくれたおにぎりを食べたら、その美味しさに体が痺れます。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

 声の大きな作家だと思います。

Q:おすすめの本を教えてください!

「ガープの世界」ジョン・アーヴィング

 可視化された差別や虐待がある時、その背後にはより弱い立場への差別と虐待がある、という先ほどの言葉を発していた作者です。40年以上前に書かれた作品ですが、今尚必要な示唆を私たちに与えてくれます。


「すべての見えない光」アンソニー・ドーア

 当事者ではない人間が書いた作品の、持つべき品性と強さを感じられます。

「半分登った黄色い太陽」チママンダ・ンゴズイ・アディーチェ

 歴史としての事実を書くのではなく、小説としての真実を書いた、という著者の姿勢に勇気をもらった作品です。


西加奈子さん最新作『夜が明ける』

『夜が明ける』(西加奈子) 新潮社
 発売:2021年10月20日 価格:2,035円(税込)

『夜が明ける』西加奈子著 特設サイト | 新潮社

著者プロフィール

西加奈子さん(©山崎智世)

西加奈子(にし かなこ)

 1977(昭和52)年、イランのテヘラン生れ。エジプトのカイロ、大阪で育つ。2004(平成16)年に『あおい』でデビュー。翌年、1 匹の犬と5人の家族の暮らしを描いた『さくら』を発表、ベストセラーに。2007年『通天閣』で織田作之助賞を受賞。2013年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞受賞。その他の小説に『窓の魚』『きいろいゾウ』『うつくしい人』『きりこについて』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』『地下の鳩』『ふる』など多数。

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